ゲーム理論で考える気候変動問題
2020年12月01日
12月10日、2020年ノーベル賞授賞式が開かれる。経済学の分野では、米スタンフォード大学のポール・ミルグロム氏とロバート・ウィルソン氏が「オークション理論の発展への貢献」で受賞した。オークション理論はゲーム理論の一分野であるが、近年、多くのゲーム理論家が同賞を受賞している。ゲーム理論とは、複数の主体との交渉において相手がどのような行動を取るかを予想したうえで、自分自身の取るべき行動とその結果を理論化したものである。
ゲーム理論の代表的なフレームワークに「囚人のジレンマ」がある。互いに協調すれば全体にとって望ましい結果が得られるにもかかわらず、各人にとって協調しない方が得策である場合、協調せずに非効率な結果に陥ってしまうことを表す。これは企業の価格決定行動や大国間の軍拡競争、環境問題などで見られる事象だ。例えば、世界各国が温室効果ガス排出量を協力して削減すれば地球温暖化を抑制することが可能だが、一部の国が自国の経済発展を優先して協力しなければ地球温暖化の進行を抑えきれず、排出削減を行う国は取り組みに見合った利益が得られない。協力しない国が増加すれば、地球温暖化が加速して全ての国が多かれ少なかれ不利益を被る。
温室効果ガス排出量の増加は経済成長率の高い新興国を中心に顕著であり、以前から問題視されていたが、中でも経済規模の大きい中国は2020年9月、2060年までに二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにする目標を表明した。それまで中国は先進国に歴史的責任があるとして、総量削減目標に踏み込んでこなかった。この大幅な方針転換も、ゲーム理論を用いて説明することができる。
すなわち、貿易相手国が電気自動車(EV車)のような環境配慮型製品の普及を促進する場合、中国は同じ政策を取る方が関連産業において生産や部品の調達が容易になり、国際競争力の向上につながる。一方、相手国がEV車の普及に消極的な場合、中国は国内の企業や家計にガソリン車からEV車への代替を促す経済的利益は乏しくなる。なお、中国はもともとEV車の普及に注力していたが、相手国における普及はその姿勢をより一層強める誘因になると考えられる。
中国がCO2排出削減目標を表明した9月は、欧州ではグリーンリカバリーが政策として推進され、米国では大統領選において支持率でリードしていたバイデン氏がパリ協定への復帰を公約に掲げていた。こうした状況では、中国が地球温暖化の抑制に協調的な行動を取ることは合理的だったとの見方もできるだろう(※1)。
(※1)なお、このタイミングでCO2排出削減目標を表明したことの背景には、関連産業の国際競争力向上のほか、新型コロナウイルス感染拡大に対する中国の対応への批判をそらすため、パリ協定離脱を表明していた米トランプ政権との差異を強調するため、など様々な理由が考えられるだろう。
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