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リテール金融ビジネスのパラダイムシフトとは

2020年11月12日

金融調査部 主席研究員 内野 逸勢

日本のリテール証券ビジネスは、ブローカー型コミッション・ビジネスを中心とする収益モデルから資産管理型フィービジネスを中心とするビジネスモデルへ移行するといわれて久しい。前者は、投資家からの委託を受けて株式等の有価証券取引の仲介業務から売買手数料=コミッションを得ることを、後者は顧客の資産高に応じた手数料収入を中心とするビジネスモデルを指す。ただし、資産管理型ビジネスに完全に移行するわけではなく、両方のビジネスが併存することには留意が必要だ。米国では、2000年代前半のテックバブル以降、資産管理型フィービジネスへの移行が本格化した。

米国において、上記の移行を促してきた主な要因は、401k(確定拠出年金)制度等の早期導入、金融業界の顧客本位の営業体制の強化を目的としたフィデューシャリーデューティ強化、ワイヤーハウス(大手証券会社)と比肩するようなテクノロジーの活用によるディスカウントブローカーのビジネスの拡大、独立フィナンシャルアドバイザーの台頭、手数料体系の変化などが挙げられる。この事業環境の変化に対応すべく、米国のワイヤーハウスが資産管理型ビジネスの多種多様な“マネージド・アカウント”と呼ばれる商品・サービスを組成し、販売してきた。日本においても、上記の“移行を促す要素”は整いつつあり、資産管理型ビジネスへの移行が本格化する可能性が高まっているといえよう。最近の大手証券会社の中長期の戦略においても、商品、組織体制において資産管理型ビジネスへの移行を本格的に進める戦略が見て取れる。

しかし、単なる資産管理型ビジネス中心のビジネスモデルへの移行ではなく、その移行には営業員が創出する付加価値自体の変革を伴う必要があることが米国で認識されつつある。米国のワイヤーハウスの開示資料では、営業員の顧客に対する付加価値を、フィナンシャルアドバイザー、ライフプランナーなどのアドバイスと、商品サービスの選択に分解した上で、テクノロジーの活用を含めて再定義して、変革させていく戦略が盛り込まれている。この付加価値の変革こそがリテール証券のパラダイムシフトと呼べるものであろう。このパラダイムシフトは、ロボアドバイザーの台頭などテクノロジーによって顧客接点が大きく変化する中、リテール証券だけではなくリテール金融全体に規制当局あるいは顧客から求められているといえよう。

パラダイムシフト(※1)とは、一般的には、これまでの認識や思想、社会全体の価値観などが革命的に変化することを指すが、もともとは既存の特定の科学分野のパラダイムを新しいパラダイムが代替することを意味する。新しいパラダイムとは、科学の研究において新たな将来の方向性と新たな目標を与え、加えて基礎となる新たな前提、主要コンセプト、手法を提供する。ただし、新たなパラダイムとなっても、大幅にこれまでの規律を逸脱せず、“よりよい科学”の規範となるモデルを科学者に指し示すとしている。

日本のリテール金融ビジネスで起こりつつある変化も、「本来の意味での“パラダイムシフト”」であると解釈すべきであろう。新たなパラダイムは、国民の健全な資産形成が中心となる顧客にとって“よりよい金融”の規範となるモデルを指し示すものである。このため、これまでのビジネスの前提・主要概念の基礎となっていた法的枠組みが顧客本位を中心する規範・規制にシフトし、それに適合する顧客本位の業務体制(営業体制、商品・サービスの手数料体系、報酬体系、サプライチェーンなど)への移行が証券会社によって進められている。これらを踏まえると一定程度、リテール金融ビジネスのパラダイムシフトは進みつつある。残るは営業員が創出する付加価値の変革である。この変革がなければリテール金融ビジネスのパラダイムシフトとはいえない。ただし、この変革は慎重かつ大胆に行うべきであろう。顧客本位とは何かを丁寧に定義しながら、これまで培ってきた金融業界の知見と最先端のテクノロジーを活用しながら“人の創出する付加価値”を高めることが本当のパラダイムシフトを生むのではないか。

(※1)“パラダイムシフト(paradigm shift)”という用語は、米国の哲学者Thomas Kuhn(1922年~1996年)が1962年発刊した"The Structure of Scientific Revolutions"の中で提唱した概念である。“パラダイム”は元来科学という広範な分野の理論的な枠組みの中で特定分野の科学者が依拠する一般的な理論的な枠組みと定義され、このパラダイムが新たなパラダイムに代替されることをパラダイムシフトと呼ぶ。

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内野 逸勢

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金融調査部
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