「金融政策の紐(ひも)理論」からの脱却

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2020年08月13日

  • 土屋 貴裕

「財政政策は棒であり、金融政策は紐(ひも)である」という言い方がされることがある。中央銀行による金融の引き締め効果は比較的容易に得られるが、金融緩和による景気の押し上げ効果は得難いことを、引っ張るときには力を発揮するが、押すことはできない紐に例えたものである。職場の先輩から文庫本についているしおり紐と鉛筆を使って説明してもらい、しおり紐で本を引っ張れるが押すことはできない一方、鉛筆に例えた財政政策は本を後ろから前に押し出す、つまり景気を押し上げられる、と教わった記憶がある。実際には経済環境次第であって、非常に大雑把な例えであるが、景気浮揚に向けた政策効果の比較としては言い得ていた面もあるだろう。

量的緩和などの非伝統的と呼ばれる金融政策においても、どのような経路で政策効果が波及するのかが議論になってきた。一般に指摘されるのは、①金利水準全体の押し下げ、②将来の物価がどうなるかという予想の変化、③中央銀行が国債を買い入れることで、それまで国債を保有していた中央銀行以外の主体が国債以外の資産を保有するようになるポートフォリオ・リバランス効果などである。

①の金利水準全体の押し下げは、市場での変化であって比較的速やかに生じた。②の予想物価の変化は一定の効果が観察され、日本銀行等が期待する経路であろう。

だが、③のポートフォリオ・リバランス効果は、明確な効果が語られることは少ない。金融緩和政策として日銀が大量の国債を購入し、日銀のバランスシートの負債側には大量の超過準備が積み上がった。それは民間銀行が日銀に預ける預金であり、日銀と民間の銀行を合わせた銀行部門には両建てで資産/負債が積み上がったが、銀行部門の外へ出ていく資金は限られていたのである。

ところが、今回のコロナショックへの政策対応のなかで、金融政策が経済を押し上げられる可能性が示された。日銀のいわゆる「コロナオペ」である(※1)。詳細は割愛するが、民間の銀行が貸出を増やせば中央銀行から金利を受け取れる、いわば「補助金」が得られるオペレーションが行われている。当然、民間銀行は貸出に積極的となり、日銀は棒のように資金を銀行部門の外へ押し出すようになったのである。

これまで、各中銀は金融政策の手段としてマネーストックや外国為替レートをターゲットにするなど、様々なことを試みてきた。マイナス金利への評価はまだ定まったとは言えないが、金利をマイナスにできないという常識は覆された。では「補助金」付きオペの登場で、マイナス金利政策を深掘りするのと同時に、「補助金」に相当する金利を引き上げたらどうだろうか。新型コロナウイルス対応をきっかけに金融政策の枠組みの再構築が試みられているのだろう。金融政策の新しい試みはこれまでの常識で考えない方がよさそうである。

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