新型コロナウイルスが変容させる資本の価値、労働の価値

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2020年05月14日

  • 土屋 貴裕

新型コロナウイルスによって、世界的に雇用が減少している。規模や理由は異なるものの、同様に雇用が急減したリーマン・ショックに際して震源地であった米国では、雇用が急減した後、経済の回復期に雇用の増え方のペースと程度は産業によって異なった。雇用の増え方がまちまちだったのは、労働者をそれほど必要としなかったか、労働者を集められなかったか、どちらかであろう。例えば、製造業は回復が遅れ、労働者を必要としなかった。逆に、ICT関連企業では新しい技術に適応した人手の不足が指摘された。

また、金融機関でサブプライムローンを取り扱っていた住宅ローン部門は閉鎖され、経済が回復し始めたとき、住宅ローン業務を再開しようとしても、スキルを持つ労働者を集められず、再開は容易ではなかったとされる。当時はレイオフ(一時帰休)ではなく恒久的な解雇が増えたため、その後のスキルの維持・向上に課題があったと考えられる。今の米国で急増しているのはレイオフであって、ウイルス問題が短期で収束すれば懸念は相対的に小さい。だが、いつ収束するかわからず、事後的に企業が必要とする価値のある労働者を集められるとは限らないだろう。

もっとも、ウイルス問題の期間が長引いた場合、労働の価値がどちら側に変化するかはわからない。これまで、世界の資本(お金)と労働の価値を比較したとき、冷戦の終結に伴い旧共産圏諸国が資本主義世界へ参加することになって、労働の価値は相対的に押し下げられた。足下は緩和的な金融環境が必要で、ウイルス問題収束後も、各国中央銀行が金融引き締めに動く時期はかなり先だろう。中央銀行の資金供給が増える一方、設備投資が停滞し、資本ストックが増えないとすれば、今度は労働の価値が相対的に高まることになるのではないか。

そうであれば、必要な対策は価値ある労働力を企業内に保蔵することだろう。ただ、価値のある労働力とはスキルだけではなく、リスクをとって起業する進取の気性が含まれる。経済全体として見れば、優秀な労働者が既存企業に留め置かれると起業する機会が失われる可能性はある。

一方、相対的に安くなった資本が安易な債務の増加を容易にし、新たなバブルが発生する可能性が高まる。過剰流動性が資産価格を押し上げ、価格の変動を大きくするかもしれない。巨大な財政支出のファイナンスもある程度持続できよう。だが国家としての信認を維持できなくなる、経済的に脆弱な新興国も出てくるだろう。おそらく基軸通貨であるドルの流動性の動向に左右され、米国での金融引き締めが視野に入ったときがきっかけになると思われる。

国際的な分断が進むと、国際的な資本や労働の移動が容易ではなくなり、ますます国内の労働の価値が高められるだろう。外国人労働者に頼った日本の人手不足解消は難しくなる。むしろ安くなった資本を用いた資本装備率引き上げによる生産性向上の方が、不確実性が低いのではないか。先んじてウイルスを封じ込めたとされる中国における、債務の増減や資産価格の上下が参考になるかもしれない。

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