コロナ禍の欧州におけるマスク事情

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2020年05月13日

前回のコラム執筆から3ヵ月経過したが、この間、新型コロナウイルスの感染拡大により生活は大きく様変わりし、在宅勤務は2ヵ月間に及んでいる。当初は、遠いアジアの話で、通勤時に冷たい視線を浴びるぐらいだった。だが、3月に入ると、感染拡大の中心は欧州に及び、大陸各国のロックダウンに続いて、イギリスでも3月下旬から、外出は最低限に限られ、食料品店や薬局等、生活必需品以外の店や施設は閉鎖されている。

4月下旬になって、大陸各国では、感染者数・死者数のピークアウトを受けて、ロックダウンの段階的な緩和・経済活動の再開に動き始めている。もっとも、各国によってロックダウンの程度が異なり、イタリアやスペインでは外出もままならなかったが、イギリスでは1日1回の外での運動は許されていた(※1)。スウェーデンのように、厳格な外出制限を実施していない国もある。したがって、緩和のプロセスは各国の実情に応じて千差万別だが、ソーシャル・ディスタンシングを確保しながら(※2)、感染の第2波を防ぐために慎重に取り組んでいく点は共通しており、感染拡大前の生活に完全に戻るにはしばらく時間がかかりそうだ。

各国が緩和に踏み切るかを判断するには、自国の感染者数や死者数、再生産数の推移など感染状況を踏まえるわけだが、よく報道で引用される数字はジョンズ・ホプキンス大学の集計データであり、刻々と更新されていく。WHOやECDC等の世界データも含めて、いずれも、各国政府・保健当局の発表値を基にしている。ロイターによると、5月10日時点で感染者は219の国・地域と広範に及んでいる一方、先日のニュース映像でほとんどの人がマスク姿だった北朝鮮やトルクメニスタン、レソトからは感染者が報告されていない。

もっとも、感染者数や死者数を基に国際比較するには留意が必要である。そもそも検査数が多くなければ報告される感染者数の増加には限度があり、人口の多い国の方が、感染者数や死者数が多くなる可能性がある等は自明であろう。また、高齢者の方がより罹患しやすいということであれば、超高齢化の国ほど感染拡大のリスクが高くなろう。ただ、このような分析は、感染者や死者を同じ定義で正確にカウントしていることが前提である。ところが、イギリスが4月末まで発表していた死者数には、“病院で”という但し書きが付いた。一方、人口当たりの死者数が顕著に高いベルギーは介護施設等で亡くなった人数も含めており、これでは、単純な比較は難しい。イギリスも4月末から介護施設(ケアホーム)や自宅等で亡くなった人数を含めて公表するようになり、従前の公表値に比べると、約3,500人嵩上げされた形だ(※3)。

このような要素もあって、イギリスの死者数は約3.2万人と欧州で最多となり、次いでイタリアが約3.1万人、スペイン・フランスが約2.6万人であるのに対して、欧州主要国の中で人口が最も多いドイツは約7,500人と少ない(いずれも5月10時点)。ドイツは感染者・死者の増加ペースが抑制されていることから、主要国の中では最も早い緩和プロセスを辿ろうとしている。そして、ドイツをはじめとする多くの国が、ロックダウンの緩和と同時に、公共交通機関を利用する時や買い物の際に、マスク着用を義務付けたり、あるいは奨励している。

他国よりもロックダウン実施が遅かったイギリスでも、5月10日、漸く緩和の方針が示されたが、ボリス・ジョンソン首相は演説の中でマスクについて言及しなかった。ドイツやフランス等は、マスク着用に関する専門家の見解の変化を受けて方針を転換したのに対して、イギリス(スコットランド自治政府を除く)は、医療現場への供給懸念もあって、マスク着用を奨励してこなかった。YouGovが発表する公共の場におけるマスク着用率調査の推移を見ても、欧州各国の着用率は、3月半ばの時点では、イタリアが26%、他は10%未満だったが、直近(4月末から5月初め)では、イタリアが87%、スペイン72%、ドイツ62%、フランス56%と着用率が着実に高まっているのに対して、イギリスは依然として13%にとどまっている。実際、数少ない外出の機会で観察する限り、密になるバスの中でのマスク着用率はやや高いものの、通りを歩いている人やスーパーの入店待ちで並ぶ人たちの着用率は、上記の調査通りの水準という感じだ。ましてや、公園や道路をランニングする人のマスク姿はほぼ皆無である。果たして、イギリスでもマスク着用が義務付けられたら、奪い合いか、それともボリスマスクが配布されるのだろうか。

(※1)5月13日からは、外での運動に対する制限がなくなる。
(※2)求められる他人との距離も各国によって微妙に異なり、イタリアやフランスが少なくとも1m、ドイツは1.5m、イギリスやスペインは2mである。
(※3)それでも、イギリス政府が毎日公表する数字は、実際に感染が確認されたケースだけであり、感染の疑われるケースも含めるベルギーに比べると定義は狭い。また、イタリアでは、公表されているコロナ感染の要因を加味しても、平年に比べて死者が多く、集計漏れの可能性が指摘されている。

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近藤 智也
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政策調査部

政策調査部長 近藤 智也