「キャッシュ・イズ・キング」は諸刃の剣

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2020年04月30日

  • 調査本部 常務執行役員 調査本部 副本部長 保志 泰

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が始まったとき、人々がマスクの購入に奔走する一方で、企業や銀行は「キャッシュ」の確保に殺到した。

金融資本市場では、危機や市場の急変が起こると、決まって「キャッシュ・イズ・キング」などの掛け声とともに、リスク資産を売却してキャッシュの比率を高める動きが出る。今回は特に幅広い資産でそれが起きたのが特徴だ。企業業績の悪化を織り込む株式は当然のこと、安定的キャッシュフローが期待されてきた不動産REITや、本来は一般の金融商品とは異なる動きをするはずの仮想通貨に至るまで資金の流出が発生した。瞬間的には金価格でさえ急落に見舞われるという状況に陥った。感染危機の終息が見通せない中において、危機耐性の高いキャッシュが選好された形だ。

では、感染危機が終息した暁には、資金は再びリスク資産へと還流するだろうか。リーマン・ショックの後、米国では比較的早期に資金は戻ってきたように思われる。しかし今回は様相が異なる可能性もある。感染危機の終息に時間が掛かれば掛かるほど、経済面で大きな断層ができ、今後の成長率や市場のリターンが低下する可能性を否定できない。これは90年代のバブル崩壊後の日本と重なり合う。日本は失われた20年とも称されるように、デフレとゼロ成長を余儀なくされ、株式のリターンも低水準にとどまった。その中で家計のキャッシュ比率が高い水準で固定化されたが、それはある意味合理的行動との受け止めもある。しかし、その結果、社会全体のリスクテイクの姿勢が後退し、リスクマネー供給が細まったことが、さらに潜在成長率を押し下げるという負のスパイラルが起きた可能性も指摘されるところだ。

一方、企業経営においても、今回のコロナ危機を契機にキャッシュ選好が高まる可能性がある。リーマン・ショックを契機に世界の企業はデレバレッジを進めてきたが、今回、突然活動停止を余儀なくされる状況に陥り、常時キャッシュ比率を高めようとする姿勢が強まる可能性がある。これも日本の経験と重なる。日本企業は、90年代後半の金融危機時の「貸し剥がし」の痛い経験をもとに自己資本比率を高め、手元流動性も高めてきた。それは財務の安定性を高める一方で、「投資不足」を生む要因にもなったとの批判がある。世界の企業で同じことが起こった場合、投資不足から世界的な成長率低下を招く懸念も考えられなくはない。

キャッシュは、危機回避のために強力な武器ではあるものの、それが長期化すると、その後のリターンや成長性を犠牲にする「諸刃の剣」となりかねない。危機終息時には、各国はキャッシュから投資への資金還流を積極的に進めるべきであろう。

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保志 泰
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