米国の“Financial Wellness”で見る次世代リテール金融サービス

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2020年01月27日

米国では、毎年11-12月はホリデーシーズンであり、ショッピングやパーティーなど出費がかさむ。NRF(全米小売業協会)によれば、ホリデーシーズンにおける人々の消費予定額は1,000ドル強となっており、年間で最も出費が大きい期間とされる。人々は従来ホリデーシーズンでの出費のためにコツコツ貯金するというよりも、クレジットカードなどを用いてどんどん消費に回していく。筆者も2019年のホリデーシーズンをニューヨークで過ごしたが、街ゆく人々のほとんどがショッパーやプレゼントを持っていたし、デパートは人であふれかえっていた。

しかし、年が明けて気が付くと残っているのはクレジットカードの返済額という状況になる。米国の富裕層にとってこうした悩みはほとんどないが、一般の人々は日々の資金繰りに苦労をしている。例えば、FRBは400ドルの突発的な支出の増加に対して、米国の3割弱の人々が借入か資産の売却をすれば賄える、1割強の人々が全く賄えないとの研究結果を示している。資金繰りに関する苦労も賃金といった収入の増加を当てにすれば、少しは気が楽になるかもしれない。しかし、足元の米国の賃金上昇率は過去に比べて緩やかになっており、急激に収入が増えることは考えにくい。

こうした中、米国では“Financial Wellness”というキーワードへの注目度が高まっている。“Financial Wellness”とは、日本語では「金融の健康度」と訳せる。“Financial Wellness”は多義的であるが、日々や老後の暮らしが金銭的な不安が少なく過ごせるという自身の経済的な安定性と言い換えることができる。従来、“Financial Wellness”は就学・就職、結婚、出産などライフサイクルにおける一大イベントや退職後に向けた長期的な資産形成の重要性といった金融教育の文脈において語られる場合が多かった。こうした一大イベントでは相対的に多額の資金が必要になることもあり、金融機関はこうしたニーズに対応したリテール金融サービス(資産運用、住宅ローン、学資ローン等)を提供してきたといえる。

しかし、 最近は“Financial Wellness” が“Smart Spending”や“Smart Budgeting”(「賢い収入・支出管理」)というワードと共に用いられるようになり、日々の生活により密着した意味合いを持ち始めた。とりわけ複数の口座やクレジットカードの決済を一括管理するアカウントアグリゲーションサービスや、ゲーミフィケーション(※1)を通じた貯蓄・投資サービス、AI・ロボチャット等を通じたアドバイス・サービスなどの利用が、“Financial Wellness”をより身近なものにしたといえる。例えば、ホリデーシーズン向けや突発的な支出に備えて、米国では自動で収入の一部を積み立てるChimeやSimpleといったネットバンクが利便性や手数料の低さを背景に、若年層を中心に人気を集めている。

貯蓄大国である日本にとって、コツコツ貯金や節約術、家計簿の記録は元々親しみがあるものであり、こうした“Financial Wellness”に対する意識は米国よりも高いのかもしれない。しかし、日本においても貯蓄ゼロ世帯は増えており、突発的な支出等への耐性は低くなっている。また、高齢化や晩婚化、未婚化、少子化などライフスタイルの多様化が進む中、個々人によって“Financial Wellness”の意味合いが異なる可能性もある。こうした中、一大イベントを想定した従来型のリテール金融サービスでは金融機関にとってもビジネスチャンスを逃しかねない。米国における“Financial Wellness”への注目の高まりを契機に、日本においても金融機関等が日本の人々にとって“Financial Wellness”とは何かを模索することが、次世代リテール金融サービスを作り出すカギとなるかもしれない。

(※1)ゲーム性を持たせることで、使用者のモチベーションを高めること

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矢作 大祐
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 矢作 大祐