高度化する社会に向けた大学教育

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2020年01月17日

  • 岡野 武志

経済状況が好転し、人手不足が深刻化する中、大学(学部)卒業者に占める就職者の比率も高まっている。2010年に約33万人まで減少した就職者数は、19年には45万人近くまで増え、就職率は78%に上昇している(図表1)(※1)。この間の就職者数の増加状況を職業別にみると、社会の複雑化やさまざまな高機能化などに伴って、専門的な知識や技術を備えた人材へのニーズが高まっていることがうかがえる。19年では対04年比で約7万人増となる17万人余りが、専門的・技術的職業の従事者として就職し、就職者全体に占める比率も39%に上昇している。

就職状況を専門分野別(関係学科別)にみると、工学や保健の分野で専門的・技術的職業に就く比率が高く、教育や家政の分野でも、その比率は上昇している(図表2)。伝統的に盛んなモノづくりだけでなく、社会的な課題が広がる領域でも、専門的な知識や技術を備えた人材へのニーズが高まっている可能性がある。一方、就職者数が多い社会科学や人文科学の分野では、専門的・技術的職業は1割台にとどまり、事務や販売の職業への就職者が大半を占める。日本では、事務や販売の職業などを入り口として、就職後にOJTなどでキャリア形成を図るメンバーシップ型就職が根強いものの、新卒一括採用や年功型賃金の見直しなどが広がれば、専門的な知識や技術を活かすジョブ型就職にシフトする動きが強まる可能性もある。

少子化が広がり、小中学校や高等学校の数が減り続ける中でも、大学への進学者数は増加傾向にある。19年度の大学入学者数は63万人を超え、大学への進学率は過去最高の53.7%(過年度卒含む)を記録している(図表3)。04年度と比較すると、学校数は私立大学で65校、公立大学で13校増加し、入学者数もそれぞれ増加している。一方、04年度から法人化され、自由度が増したはずの国立大学は、学校数が1校減り、入学者数も減少傾向にある。19年度の国立大学への入学志願者数は約38万4千人に上るのに対し、入学者数は9万9千人余りにとどまる。19年度の入学者数の8割近くは私立大学によって占められ、大学教育の大部分を私立大学が担う状況が進んでいる。

大学入学者数を設置者別・関係学科別にみると、私立大学では保健や教育の分野で、入学者数が大きく伸びているのに対し、国立大学では工学や教育の分野で、入学者数の減少が目立つ(図表4)。専門的・技術的職業に就く人材を育成する動きは、主に私立大学によって牽引されているといえるであろう。また、社会科学と人文科学の分野で、入学者数が減少している傾向からは、社会全体がジョブ型就職にシフトし始めていることも示唆される。一方、19年度でも社会科学と人文科学が入学者全体の半数近くを占め、入学者を選抜するための入試方法が議論されている状況をみると、大学教育は今も競争社会に向けた仕組みの延長線上にあり、緩やかなペースで変革が進んでいることにも気付かされる。

しかし、情報通信機能や自動化技術、人工知能などの発達に伴って、人の仕事が大きく変わるとすれば、大学教育は本格的で速やかな変革を迫られる可能性もある。高度化する社会で教育や研究の成果を高めるためには、高度な専門人材を育成する教育機能と学術における研究機能を再構築するような、本格的な変革も求められるであろう。人材を育成する取り組みには一定の時間を要することを考えると、高度化する社会に向けて大学教育を再構築するビジョンを描き、本格的な変革を進めるべき時期は、すでに来ているのかもしれない。

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