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「手数料ゼロ」は常識か非常識か

2019年10月10日

調査本部 執行役員 調査本部副本部長 兼 金融調査部長 保志 泰

金融ビジネスの世界で、「手数料ゼロ」を巡る二つのせめぎ合いが起きている。

一つは、米国の証券業界において取引手数料の無料化競争が始まったこと。もう一つは、日本の銀行業界において、これまで手数料を取らなかった口座維持手数料を取る議論だ。つまり、両者は全く逆のせめぎ合いになる。

米オンライン証券業界では、9月の終わりにインタラクティブ・ブローカーズ・グループという証券会社が米国株式などの取引手数料ゼロを打ち出したのに追随する形で、数日後には最大手のチャールズ・シュワブをはじめ各社が次々に手数料ゼロ化を発表した。これら証券会社は「ディスカウント・ブローカー」とも呼ばれ、これまでも手数料引き下げ競争を繰り返してきたが、まさに生き残りをかけた最終戦争の様相を呈している。

そして日本では、銀行が口座維持(管理)手数料を徴収する可能性についての議論が活発化している。グローバルの金融緩和競争が再燃し、日本銀行によるマイナス金利の深掘りの可能性も高まってきた。銀行が個人の預金口座にマイナス金利を課すことは現実的ではなく、収益への一段の圧迫懸念がある。そこで口座維持手数料という形での徴収が俎上に載せられたわけだが、こちらは生き残るための苦肉の策といった印象もある。

これら両極の動きを考えるにあたって、いくつかの背景を知っておく必要がある。一つは、デジタライゼーションにより金融取引コストが極めて低下したことである。どのような多額な取引でも、限界的なコストは極めて小さい。加えて、ネット取引では、業者を乗り換える際のコストや心理面のハードルが低く、価格競争が強まりやすい。しかし、金融機関はシステムやコンプライアンスなどの固定的なコストを賄わなくてはならず、再編を含め規模の利益を追求する動機につながってくる。

二つ目は世界的な低金利である。最近の「顧客本位の業務運営」や「フィデューシャリー・デューティー」が世界で求められるようになったのも、一つのきっかけはそこにある。資産運用収益率が低下し、相対的に高まった取引コストに対して低下圧力が加わっていると受け止められる。しかも、この低金利は一時的ではない公算が大きくなっている。

三つ目は、金融のみならずBtoCビジネスでは、個人利用者に直接手数料を課さないビジネスモデルが主流となっていることがある。個人には「手数料ゼロ」が半ば常識化している可能性もある。多くのビジネスモデルでは個人から手数料を取る代わりに広告収入などBtoB取引の中で収益を得る。金融の場合、利ザヤや信用取引の金利収益などが収益源となるが、低金利の中でそれらの収益性が著しく低下している。

視点が若干異なるが、証券取引手数料など資産運用関連の手数料は、これまでリサーチ・サービスなどの費用を含むどんぶり勘定だったが、欧州では、それを区別する動きになっている。それぞれのサービスに対する対価を利用者が認めて支払うのが理想だが、欧州においてもあまり受け入れられず、結果、リサーチ・サービスの提供が急速に縮小している。仮に日本で同じ規制が導入された場合、そうした個別サービス単独への対価支払いには相当抵抗が強いに違いない。日本に根付く「サービス=タダ」の考え方は、本来非常識だとは思うが、それを覆すのは容易ではない。

これらを考え合わせると、当面、金融関連の諸手数料に対する低下圧力は、強まりこそすれ弱まるとは考えにくい。金融業界にとって展望を描きにくい状況が続きそうだが、金融機関は、顧客に価値を認められるように、サービスの質や付加価値を高めていく不断の努力が欠かせないことは確かだ。

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保志 泰

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