米国では退職後の生活資金は十分なのか
2019年08月07日
日本ではいわゆる「老後2,000万円問題」が話題になったが、米国では「リタイアメント・インカム・クライシス」などとも言われる状況がある。米国における退職後の主な生活資金源は、①公的年金であるソーシャルセキュリティ(Social Security)、②雇用主が提供する企業年金、③個人による貯蓄の3つとされてきた。これらはそれぞれイスの脚に例えられ、1本ないし2本では不十分だが、3本あって初めて安定したイスとなり、安心して退職後の生活が送れるものとされてきた。
ところが近年このイスの脚が3本とも不安定になっている。ソーシャルセキュリティに関しては、高齢者の増加などに伴い資金を管理する信託基金が2035年に枯渇するとの試算結果が出ている(※1)。また、企業年金については、米国の約30%の労働者が利用することができず(※2)、利用可能な労働者であっても55%しか制度に加入しておらず 、しかもその加入率は年々低下しているとされる(※3)。さらに、貯蓄に関しても、世帯主が55歳以上の世帯の48%が401(k)などの確定拠出年金や個人退職口座(IRA:Individual Retirement Account)などの退職貯蓄制度を使った貯蓄をしていないという(※4)。
このような状況にある中で注目されるのは、米下院議会で2019年5月に共和・民主両党の超党派で可決された”Setting Every Community Up for Retirement Enhancement Act ”という法案(頭文字を取ってSECURE法案)である。米国人の退職貯蓄を促進しリタイアメント・インカム・クライシスに対処することを目的としており、現在、上院で法案が審議されている。
SECURE法案の改革は多岐にわたるが、例えば、①中小企業が従業員に401(k)プランなどの提供を容易にする、複数企業が共同で単一のプランを提供する制度(multiple employer plans)の緩和、②従業員が脱退しない限り自動的に確定拠出年金に加入する「自動加入制度」の改善(例えば、給与からの自動積立額の上限を現行の10%から15%に引上げ)、③パートタイム労働者(年間500時間超1,000時間未満)の401(k)プランへの参加の拡大、 などが盛り込まれている。
SECURE法案は米国の中低所得者層にとって「待ったなしの改革」とも評されている。日本でも個人型確定拠出年金(iDeCo)の仕組みを変更する可能性がある旨報じられており、退職後の生活資金を確保するためのより良い制度作りは共通の永続する課題と言えよう。日米で制度は異なるものの、米国での議論がどのように人々に「安心」をもたらすか、その制度作りに引き続き注目する必要がありそうだ。
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金融調査部
金融調査部長 鳥毛 拓馬
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