金融行動から認知症を予測できるか
2019年06月25日
老後の生活資金への関心が高まっている。資産枯渇の回避には現役期の資産形成も重要だが、高齢期の資産管理能力に影響する認知機能低下への対応も重要だろう。2018年からの金融審議会の市場ワーキング・グループでは、認知機能の低下リスクに直面する高齢者向けの金融サービスのあり方が主要な議題となっていた。具体的なサービスとして、信託関連商品や見守りサービスなどが挙げられるが、認知機能低下の早期発見も金融機関にとって重要な役割の一つとなるかもしれない。
代表的な認知症の原因疾患であるアルツハイマー病は、根本治療が現時点では難しいことから一歩手前の軽度認知障害(MCI)の段階での早期発見が重要である。この点、神経心理学者のトリーベル准教授らの実証実験により、アルツハイマー病の兆候が高齢者の資産管理能力に現れることが分かっている。この実験では、健常な高齢者(76名)とMCIの高齢者(87名)が被験者となり、「基礎的な金融スキル」「現金取引」「請求書支払い」「投資判断」など8つのタスクを実施することで資産管理能力が測定された。また、1年後に同様のテストで経過観察も行われた。
実験の結果、当初の段階での資産管理能力の水準の違いが、その後の認知機能の推移を一定程度予測している可能性が示された。具体的には、最初のテストの時点における「MCIの高齢者」の資産管理能力は「健常な高齢者」より低かっただけでなく、1年後に「MCIからアルツハイマー病へ移行した高齢者」の資産管理能力は、「MCIのままの高齢者」よりも低い水準であった(図表参照)。アルツハイマー病の兆候が最初のテストの時点の資産管理能力に現れていたと捉えることもできるだろう。このことからは、金融機関や親族等がこの兆候を早期に発見できれば、認知機能低下リスクの回避や金融詐欺の抑制に繋げられる可能性が示唆される。
では、認知症の兆候を早期に発見するために、金融機関にできることは何か。まず、それぞれの職員が認知症に対する理解を深めることが重要である。例えば、認知症サポーター養成講座の受講などが考えられる。また、近隣の地域包括支援センター(※1)を含む地域の外部機関と関係構築を行い、認知機能の低下が疑われる高齢顧客の対応について、相談・連携できる体制を構築することも対策になるだろう。
テクノロジーの活用も考えられる。ある米国のスタートアップ企業では、銀行・証券口座等の取引情報から金融詐欺や認知症が疑われる異常を検知し、親族や専門家等へ連絡するサービスを提供している。別の米国のスタートアップ企業では、モバイル端末での認知機能テストから認知機能低下の予兆を把握するサービスを開発しており、日本の大手金融機関と業務提携を行う例も近年見られる。
ある精神科医によると、病院に来る高齢者はすでに認知症が割と進行しているケースが多いようである。MCIの高齢顧客との接点も多いと推測される金融機関が、高齢者の認知機能低下の早期発見のためにできることは少なくないのではないだろうか。
(※1)地域包括支援センターは、地域住民の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的に、総合相談・支援や介護予防ケアマネジメント、虐待防止など必要な援助を行う機関である。保健師、社会福祉士、ケアマネジャーなどが配置されており、各自治体が設置主体となる。
参考文献
- Triebel, K.L., R.Martin, H.R.Griffith, J.Marceaux, O.C.Okonkwo, L.Harrell, D.Clark, J.Brockington, A.Bartolucci, and D.C.Marson (2009)” Declining financial capacity in mild cognitive impairment: A 1-year longitudinal study.”, Neurology 73(12) pp.928-934
- 成本迅(編著)・COLTEMプロジェクト(編著)・意思決定支援機構(監修)(2017)『実践!認知症の人にやさしい金融ガイド』(クリエイツかもがわ)
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- 執筆者紹介
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金融調査部
研究員 森 駿介
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