パンチボウルの片付けが下手クソすぎて、ミラーボールを出すことになった話

RSS

2019年02月18日

  • 小林 俊介

洋の東西を問わず、発言内容に首尾一貫性を欠く人物が信頼を獲得することは難しい。そのような教訓を現在進行形で示し続けている反面教師の一人が、パウエルFRB議長だろう。就任からたった1年の間に、これでもかと言わんばかりに問題発言とその撤回が繰り返されている。

いくつか例を挙げてみよう。まず、2018年8月の講演では、自然利子率のリアルタイム推計値が信頼に足るものではないという、近年の金融政策を巡る議論に対する「ちゃぶ台返し」が披露された。

この主張自体は正しい。しかし完全に信頼できないながらも、自然利子率の推計をある程度は参照しながら、政策金利の最終地点(≒中立金利)を描かなければ、そこに向けた金融政策運営の経路を描くことは難しい。そうした認識を背景として、FOMCではボードメンバーの想定する中立金利、および、利上げの経路(いわゆるドット・プロット)が描写されてきたし、同プロットを通じて金融市場との対話が行われてきた。

それを完全否定し、ドット・プロットの公表を停止しようという発想はいささか横暴が過ぎる。また、この「ちゃぶ台返し」の後、建設的な代替案は示されていない。結局、根強い反対に押される形で、中立金利の推計値を根拠とした金融政策運営と、ドット・プロットの公表は従来通り続けられることになった。

次に、2018年10月のテレビインタビューにおいて同氏は、有名な「(現在の政策金利は)中立金利に程遠い」との発言を披露する。既にこの発言自体が前述の8月講演の趣旨と矛盾していて失笑を禁じ得ない(中立金利の推計値が当てにならないのに、なぜ現在の政策金利が程遠いと言えるのだろうか!)。しかし決定的だったのは、これまた悪名高い11月講演だ。いわく、「現在の(政策)金利は、(ドット・プロット等で描写される)レンジのすぐ下にある」。同発言は、8月の発言に対しても、10月の発言に対しても、まるで整合性を保てない。

もちろん、2018年10月から11月にかけて、米国を含む世界の金融市場は激しく調整し、クレジット環境は一気に緊張した。また、並行して発生した原油価格の下落を背景として、BEIなどで示される期待インフレ率は、FRBが目標としている2%を大きく割り込んだ。こうした環境変化を背景として、金融政策の引締め懸念を緩和しようとした、との意図は理解できなくもない。

そのような擁護論を完全に裏切ったのが2018年12月FOMC後の記者会見だった。質疑応答の二問目にて、記者が尋ねる。上述したような背景を加味して引締めペースを一旦緩めるならば、政策金利の引き上げと同時に続けられてきた保有資産の圧縮ペースを修正する議論はあったか、と。対する議長、即答である。「自動操縦で減額することは決定事項であり、変更は微塵も考えていない」。同発言は金融市場を奈落の底に叩き落とし、関係各者のクリスマスと正月に暗鬱とした色合いを添えることになった。

そして年が明けて2019年1月。舌の根も乾かぬうちから「保有資産の圧縮政策を修正することを躊躇わない」との言である。加えて政策金利の引き上げを一旦停止する意向も示された。要するに、市場の反乱に対して全面降伏した格好だ。なお、紙幅の制限から詳細は割愛するが、諸々の状況証拠から推察するに、FRBスタッフから強く窘められた議長が、半ば強制的に原稿を読まされた可能性が高い。かくして、金融市場は安堵し、再びリスクテイクに傾き始めた。

こうした紆余曲折を一言で例えるならば、タイトルに示した通り、「パンチボウルの片付けが下手クソすぎて、ミラーボールを出すことになった」ということになるのだろう。パンチボウルとは、米国のパーティーで用いられる、カクテルを入れるための容器だ。景気過熱やバブルを抑制するための金融引締めは、時として、パーティーが盛り上がりすぎる前にパンチボウルを片付ける、とも例えられる。パウエル議長はパンチボウルの片付けがあまりにも下手クソすぎた。結果としてパーティーの参加者の不興を買い、結果的にパーティーをかえって過熱に導く、ミラーボールを出すことになったわけだ。

さて、議長の変心が金融市場に与えるインプリケーションはシンプルだ。「踊れ、夜明けが来るまで」。2015年に執筆したコラム「そしてグランドフィナーレが幕を開ける」(※1)では、9年ぶりの利上げを経てもなお、バブルは総仕上げ局面を迎えると予言した。事実、米国の株式指標は同コラム執筆時に比べて50%以上、上昇している。おそらくこのバブル局面は、今後も当面は続くのだろう。

ただし、宴の終わりは近づいている。本稿でも指摘したとおり、FRB議長の言動は危険極まりなく、バブル均衡を縮小均衡に転じさせるリスクが常につきまとう。理論的支柱も信念も持たず、不作為の罪を繰り返すその姿は、さながらブレーキと間違えてアクセルを踏みぬき、店舗や家屋に突っ込む暴走車両のようだ。また、そのような不慮の事故が仮に起こらなかったとしても、与信と実体経済が相乗的に拡大する局面が、今後数年単位で継続することは考えにくい(詳細は2018年に執筆したコラム「次の景気後退に備えよう」(※2)や「日本経済見通し:2019年1月-世界経済の拡大を終わらせるのは誰か?」(※3)を参照)。

シートベルトの備えは努々お忘れにならぬよう、僭越ながら申し上げるところである。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。