米中貿易戦争の本質

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2018年11月19日

  • 小林 俊介

2010年頃を転換点として、中国は「世界の工場としての経済成長」、あるいは、「雁行型経済発展」による高度成長期をすでに終えている。その理由は明白で、生産年齢人口比率がピークアウトしたからだ。振り返ると、1980年前後に先進諸国で生産年齢人口比率の上昇が概ね止まった。彼らの需要を満たす工場としてのポジションを中国が獲得したわけだが、その背景には、「改革開放」のみならず、安価で豊富な労働人口、およびその増加に恵まれていたことがあった。

しかし2010年以降、その人口ボーナスは消え去った。それどころか、2060年にかけて中国の生産年齢人口比率は猛烈に低下し続ける見込みである。これと同時に、生産性を上回る賃金の上昇が引き起こされており、労働コスト面での中国の国際競争力は失われている。全土ベースで見ても中国の単位労働コストはメキシコの約2倍に達した。貿易財部門に限れば、同コストは日本と同レベルに達している。

国力の基礎たる経済の量的な拡大が見込めなくなった中国は、質的改善、すなわち「生産性向上」に着手し始めた。その代表例が「中国製造2025」であり、その中心的な手段は「先進国の技術を強制移転する」という直接的なものであった。なお、同時期に中国は「一帯一路」の名のもとに、軍事戦略上重要な拠点となる地域の国々への債権を増加させ、債務の棒引きと引き換えに、当該諸国における軍事要衝となる港湾等の租借権を獲得している。このことと相まって、情報技術や航空宇宙技術等にまで知財権侵害が進展しかねない状況は、米国にとって許容できない脅威だったと言えよう。

そしてトランプ政権の誕生である。より正確には、オバマ前大統領の退出である。早くからアジアピボットを訴えていたヒラリー候補が大統領に就任していたとしても、米国の対中政策は強硬路線へと舵を切られていた可能性が高い。いずれにせよ、米国は中国による覇権への挑戦を阻止すべく動き始めた。

中国による覇権奪取を阻止する一つの手段は「航行の自由作戦」に代表される軍事政策だ。軍事力は相対的に中国より優位であるほどよい。そしてこの優位性を維持するために相対的な国力・経済力格差を維持しなければならない。ここで「減税と関税」が大きな意味を持つ。トランプ政権が成立させた減税により、米中間で存在していた大幅な法人基本税率の差は消失した。加えて関税である。税制面、労働コスト面から見て中国国内で製造するメリットの多くが失われている。中国特有のグレーな制度運営が企業に相応のリスクプレミアム計上を余儀なくすることを踏まえればなおさらだろう。

そして米国による中国たたきは関税にとどまらない。続いて同盟国による言わば「中国包囲網」が着実に形成され始めている。日米欧は「知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化および過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため」(日米共同声明 外務省仮訳より抜粋)、WTO改革を行うことで合意した。NAFTAの続編であるUSMCAでも、非市場型経済国と貿易交渉を行う場合に他のUSMCA加盟国との協議を義務付ける条項が盛り込まれた 。中国が完全な市場化を進めるまで、中国封じ込め作戦を続ける準備が整い始めている。

そして冷戦は消耗戦である。消耗戦を優位に戦う上では兵糧補給が重要となる。それが同盟国からの、言わば徴税だ。日本は米国内における自動車産業の投資を、EUは関税の引き下げを、USMCA加盟国は米国内生産比率の向上をそれぞれ容認した。しかしそこに、中国の突破口の一つ(中国との互恵関係構築により米国との同盟関係を揺さぶる戦略)が存在するとも言えよう。

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