2016年、参院選を控えた「アベノミクス」の成果と課題

RSS

2016年06月23日

  • 調査本部 副理事長 兼 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト 熊谷 亮丸

2016年7月10日に「第24回参議院議員通常選挙」が投開票される。われわれは、安倍政権が3年半程度にわたり推進してきた「アベノミクス」の成果と課題を、どの様に捉えるべきなのだろうか?

わが国では、2009年の民主党政権成立以降、「成長か分配か」という政策論争が繰り広げられてきた。しかし、現実問題として、民主党政権下で3年余りにわたり、子ども手当を中心とする「分配政策」が指向されたものの、日本経済は思うように回復しなかった。

経済政策は手順が非常に重要だ。最初に適切な成長戦略を講ずることなく、企業が無理をして「分配」を行えば、経営状態は悪化し、最終的に家計の所得も減ってしまう。まずは、民主党政権下で実施された「アンチビジネス(反企業)」的な政策を、「プロビジネス(企業寄り)」的な政策へと転換して「分配」の原資を作る、というアベノミクスの基本的な方向性は正しかったといえよう。

筆者は、今後のアベノミクスの課題は、「成長か分配か」という不毛な政策論争を超えて、「成長と分配の二兎を追う」ことだと考えている。

アベノミクスは、開始から3年半程度が経過して、「成長」一本槍から、「分配」にも一定の目配りを行うステージへと移行する必要があることは間違いない。具体的には、非製造業、中小企業、地方の所得や資産が少ない方々、若年層、子育て世代などへの所得再分配を強化していくことが課題となる。

その意味で、2015年9月に安倍晋三首相が発表した、①希望を生み出す強い経済、②夢をつむぐ子育て支援、③安心につながる社会保障、からなる、新たな3本の矢の方向性は基本的に正しいものだと評価できる。

ただし、新たな3本の矢に関しては、今後の課題として以下の2点が指摘できよう。

第1に、従来の3本の矢(金融政策、財政政策、成長戦略)が、新たな3本の矢では1本目の矢に「強い経済」という名目で全て押し込まれたことで、例えば岩盤規制の緩和などの「成長戦略」の推進力が弱まる事態を回避せねばならない。

とりわけ労働市場改革は喫緊の課題である。現在、日本のサービス業の労働生産性は米国の約半分程度しかない。正規と非正規に二極化した雇用体系、解雇に対する硬直的な規制、過剰労働などの問題を解決すること。また職業訓練機会の充実や女性が働きやすい環境づくりによって、成長分野に人材がシフトできる仕組みをつくること。これらの労働市場の改革は、生産性の向上だけでなく、少子化対策にもつながる。

第2に、新たな3本の矢がマニフェスト的なバラ色の色彩を振りまいている点も気がかりである。例えば社会保障制度ひとつとっても、現状、マクロ的には受益と負担が全く見合っておらず、子や孫の世代へのツケ回しを続けていることを勘案すれば、国民全体ではネットベースの負担は重くならざるを得ない。

安倍政権は、本当に困っている人にきめ細かく所得再分配が行われていないという問題点を解決しつつ、全体の規模をダウンサイジングするという、国民にとって耳の痛い「社会保障制度改革」を実現せねばならないのである。

社会保障制度改革や、労働市場を中心とした岩盤規制の緩和といった、国民にとって耳の痛い構造改革を正面から断行することを通じて、「成長と分配の二兎を追う」ことができるか否か。今こそ、安倍政権の真価が問われている。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

熊谷 亮丸
執筆者紹介

調査本部

副理事長 兼 専務取締役 調査本部長 チーフエコノミスト 熊谷 亮丸