「安く」「早く」は時代遅れ?

サービス産業は何を追求するのか

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2014年07月03日

  • 調査本部 常務執行役員 調査本部 副本部長 保志 泰

まるで牛丼チェーンのようだが、「安く」「早く」は多くのサービス産業が追求してきた“売り”である。だが、日本経済のデフレ脱却が現実的なものになる中、それには限界も見え始めた。これからは何を追求していくのであろうか。

1990年代以降の日本経済の中では、モノやサービスが「安く」なること、「早く」提供されることは、いずれも“不可逆的”という先入観が、我々に植え付けられていたように思う。当然、消費者は「安く」「早く」を求め、供給側も「安く」「早く」で差別化を図ろうとする行動原理が働いた。

ここで、金融分野を考えてみよう。とくに株式取引の世界に目を向けると、1999年の手数料自由化をきっかけに「安く」は究極まで到達した感がある。そして、情報テクノロジーの進化と共に「早さ」が取引所や証券業者の“売り”となってきたが、これに対して最近疑問が呈されるようにもなっている。今春、米国で話題になったHFT(超高速取引)への懸念がそうだ。1秒に数百回も行われる注文や取消行動は、普通の人間の理解能力を超えている。原点に立ち戻れば、金融が提供すべきはきめ細やかなコンサルティングサービスではないか。

また、物流の世界でも「安く」「早く」が追い求められてきた。このおかげで、一部の通販サイトでは即日かつ配送料無料などが謳われた。交通ネットワークのさらなる高度化などに伴って、まだ改善の余地はあろうが、人手不足の問題などを考慮すれば、この先の「安く」「早く」の追求は、限界に近づいている。今後は、例えば宅配業者が超高齢社会のラストワンマイルを担う存在として付加価値を追求するなどといったことが考えられるだろう。

一方、まだまだ「早く」を追求し続けているのが鉄道分野である。その代表例がリニア中央新幹線計画だろう。東海道新幹線のバックアップとしての機能など、「スピード」以外の価値を提供しないのであれば、時代と合わないような印象も受ける。

これまで“不可逆的”とも思わせる「安く」「早く」が実現してきた要因は何か。「安く」が実現したのは、主としてアジア諸国の低い労働コストの存在が大きいだろう。しかし、アジア諸国の人件費は大幅に高騰し、「安く」の追求は限界に近づいた。一方で、「早く」の実現に貢献したのは、情報テクノロジーの進化やイノベーションである。「早く」への飽くなき追求がイノベーションを生み、生産性を高める、という好循環を生んできたとも言えるだろう。今後も、この循環に限界はないのかもしれないが、果たして人間はそれに付いて行けるのだろうか。

日本は、いよいよ人口減少が強まり、高齢者比率が一層高まっていく段階にある。そうした中で「安く」はともかく、「早く」の追求が本当に不可欠なのか、という素朴な疑問も浮かぶ。「スローライフ」とは言わないが、個人的には、もう少し「人間の速度」を取り戻せるサービスが増えても良い気がする。ブルートレイン廃止のニュースを聞いて、何か違う気がするのは自分だけだろうか。

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保志 泰
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