2013年12月06日
2013年に入ってからの人民元相場は、第1四半期まで、前年後半の急激な上昇の後を受け(2012年12月7日コラム「人民元相場急騰は続くのか?」)、上下変動を伴いつつも、上海市場スポットレート(CNY)で対米ドル6.21-6.24元程度の水準で安定的に推移したが、第2四半期以降年末にかけ、5-7月頃を除き一貫して急上昇を続け、いよいよ‘破6’、1米ドル6元を割り込み、‘5(元台)時代’が来るのではないかとの声も、中国の市場関係者の間で聞こえ始めた。
人民元相場急騰-市場要因と政策要因が混在
本年、人民元急上昇の説明として、中国の市場関係者の間では、‘市場論’、‘陰謀論’、‘裁定論’の3つの見方が飛び交ったという(国联証券、8月26日付騰訊財経)。‘市場論’は、輸出が強いこと、中国経済が安定する中で、国内に滞留した外貨を人民元に再度交換する貨幣代替が人民元需要を増加させ、これが人民元相場上昇につながっているとする見方だ。ただこれでは、中国経済の先行きについて悲観的な見方が台頭し、また輸出が鈍化した局面でも、なお人民元が上昇したことを説明できない難点がある。今年になってからの人民元上昇の特徴は、成長速度が減速傾向で、また貿易偽装取締り強化を受け、輸出が大きく鈍化し、貿易黒字が大幅に減少するという‘背離’(反対要因)がある中でも上昇した点であると言われている(7月16日付新華網)。‘陰謀論’は、外貨の流出コストを上げて急激な資金流出の発生を抑えるため、またいずれは予想される米国の量的緩和政策(QE)の解除に備えて、人民銀行が毎日設定する中心レートを引き上げているとする見方である。人民銀行が中心レートを引き上げてきていることは事実だが、その真の背景は憶測するしかなく、‘陰謀論’がなんらかの確たる根拠を提示しているわけではない。‘裁定論’は、内外金利差を利用した人民元キャリートレードが人民元への需要を増加させ、その相場を押し上げているとするものだ。ただこの見方にも、外貨が流出していてもなお相場が上昇している局面があり、完全な説明要因にはならない。結局、為替相場に影響する要因は複雑多岐であり、これら要因が複合的に作用し、また局面によって、強く影響する要因が異なってくるということだろう。2013年の局面においては、基本的には、上記、裁定も含めた市場要因が大きく、そこから生じる人民元上昇圧力を政策当局が許容し、設定する中心レートを、市場実勢を追認する形で引き上げてきたという政策要因が重なっていると考えられる。
中国経済好転の兆し、資金流入回帰、人民元国際化が上昇圧力に
海外との資金流出入を見る手掛りとして金融部門の外貨資金ポジション(外汇占款)を見ると、6、7月流出となったが、8月以降再び流入に転じている。9月末275,180億元、10月末279,596億元、各々前月比1,264億元、4,416億元増と、5月以降の単月最高増加額を更新している。6-7月、インド、インドネシア、トルコ等多くの新興国で資金が流出し通貨が下落、中国の短期金融市場でも‘銭荒’と呼ばれる資金不足状況が生じ、人民元の下落期待も強くなったが、7月後半から中国のマクロ経済指標は好転の兆しが見え始め、貿易黒字も8月286億ドル、10月311億ドルと2013年に入ってからの単月最高額を更新した。他方で、米国のQE縮小が先伸ばしされるのではないかとの観測が高まってきたことに加え、米国の債務上限問題をめぐる混乱もあって米ドルが軟化、こうした中で、人民元下落期待が急速に後退し、人民元はむしろリスク回避通貨と見なされ ‘一枝独秀’(独歩高、10月9日付大洋網・信息時報)になっているというのが、年後半の人民元相場急上昇の背景だ。こうした米ドルへの信頼低下、中国経済の回復、資本流入の回帰といった要因に加え、9月の国際決済銀行(BIS) 報告書で、人民元が外為市場において世界で9番目に取引が活発な通貨になっていることが明らかにされ、また貿易決済での使用が増加傾向にあり、米ドル、円、豪ドルに続き、英ポンド、シンガポールドルとの直接交換も開始される等、人民元の国際化が進展しているという市場の評価も、年後半に至っての相場急騰の要因だろう。
先行き-上昇余地は縮小か、5元台時代に突入か?
中国内では、以下のような点から、なお上昇圧力は残るものの、次第に上昇余地は狭まってくる可能性が高いとする見方が比較的多いと思われる(中国銀行経済月刊11月等)。
- ①輸出はマクロ的には回復傾向にあるとはいえ、人民元上昇が中小貿易企業に与える影響が懸念され始めている。珠江デルタの1,000余の中小貿易企業を対象としたある調査によると、8割近くの企業が、人民元上昇が輸出に影響を与える最も重要な要因のひとつと回答、約20%の企業で、人民元上昇によって、平均57.8万ドルの契約がキャンセルになったとしている(10月25日付経済参考報)。
- ②対外インバランスから見ると、1-9月経常黒字の対GDP比は2.7%で、国際的に合理的な水準と言われる3%以内に収まっており、米国側から見ても、その対中赤字が縮小傾向にある。
- ③米国経済の回復が見込まれる一方、中国の成長率は来年もう一段鈍化する可能性がある。歴史的にも三中全会の翌年は、おそらく政権基盤が安定化し一定の構造改革措置が採られる結果、成長率が鈍化する政治的景気サイクルが見て取れる。
- ④米国のQE終了のタイミングはずれ込んでいるが、いずれQEから退出となると、新興国から先進国への資金還流が起こり得る。中国の場合、中国企業の対外直接投資が「走出去」政策の下で近年増加傾向にあり、これが資金流出を加速させる要因になる(2012年の対外直接投資は対前年比17.6%増の878億ドルと過去最高額、2013年1-9月も金融部門を除く計数で対前年比17.4%増の616.4億ドル)。
- ⑤人民銀行の金融政策は、本年物価上昇率が目標圏内に収まる見込みである一方、‘銭荒’を再び起こさないという姿勢から、当面強い引締めには動かないと思われる。相場の先行きのシグナルとなる香港市場のノンデリバラブル・フォーワード(NDF)が6.13-6.14付近、また当局の意思を反映する中心レートも6.14付近で安定化する兆しが見え始めていること、昨年来、CNYが香港市場スポットレート(CNH)に接近する傾向が強くなっているが、香港では人民元金利を下げる方向にあって、これがCNH、ひいてはCNYへの下げ圧力になること。
ただ他方で、11月三中全会を経て、中国当局の市場重視姿勢が明確になったとして人民元に上昇圧力が加わり、年内もしくは来年前半にも1ドル5元台に入る可能性があるとする見方も一部強まっている(11月21日付中証報、経済参考報等)。中国でも、人民元相場の急騰に対し、相場水準が高くなりすぎているとの懸念と、下落するとインフレ等を招き望ましくないとの議論が並存しており、適正相場水準が奈辺にあるか意見の一致はない。相場水準の高低を議論するより、むしろ相場形成のメカニズムが重要で、より弾力的で市場に則した相場形成がなされるメカニズム構築のため、‘量変’より‘質変’を重視すべきだとの指摘も強まっている(7月16日付新華網等)。三中全会で「市場に決定的役割を与える」とされた点が注目され、その後人民銀行総裁が三中全会での金融面の決定を解説した補足文書(輔導読本)で「常態的為替市場介入からの退出、相場の許容変動幅をさらに拡大し双方向変動を促すこと」と記されているが、こうした方針が貫徹されてくるのかどうかが焦点となる(ただし、読本では、実施タイミングについての言及はなく、また市場介入からの退出は「基本的に」、許容変動幅の拡大は「秩序ある」ものとされており、また「管理された」フロート制を確立すると明記されている)。
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