債務残高・財政赤字・社会保障費年1兆円増をクルマの走行に例えると・・・

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2013年10月17日

  • 市川 正樹

国の社会保障関係費が年1兆円ずつ増える、あるいはSNAベース(※1)で日本全体の社会保障の給付と負担の差が毎年2兆円弱ずつ拡大している(※2)、などと指摘される。これらは、財政赤字の毎年の拡大幅に関連するものである。

しかし、こうした財政赤字拡大幅、財政赤字そのもの、債務残高、の三者の関係、更には現在の日本の財政の深刻さは一般的にあまり理解されていないように思われる。そこで、ここでは、財政状況をクルマの走行に例えてみよう。

「財政破綻」という断崖に向かって近づいていく自動車があるとすると、アクセルの踏み方の強さ(あるいはブレーキの踏み方の強さ)が毎年の財政赤字の拡大幅(縮小幅)である。スピードメーターに示されるスピードが財政赤字の大きさとなる。そして、出発点からの走行距離が債務残高となる(※3、※4、※5)

現在の日本の財政の状態は、SNAベースでは、スタート時点からの走行距離、つまり、債務残高が1,000兆円程度、スピードである毎年の財政赤字が40兆円程度、アクセルの踏み方の強さである毎年の赤字拡大幅が2兆円弱である。「財政破綻」という断崖はどこで現れるかわからないが、とにかく急速に近づいているのは確かである。クルマの走行で言えば、これまでスタート地点から既に1,000㎞も走って見えない断崖に近づいており、現在のスピードは時速40㎞、これまでアクセルを踏み続けてスピードは時速2㎞弱ずつ増えてきたことになる。

今後どうなるかを見るため、アクセル(とブレーキ)の踏み具合に4ケースを想定してみよう。

①今まで通りアクセルを踏み続ける(赤字幅が年2兆円増える)

②アクセルから足は離したがブレーキも踏んでいない(赤字幅の増減はないが、毎年財政赤字40兆円が続く)

③ブレーキを少し踏み出した(赤字幅が年2兆円減る)

  • ④ブレーキをもう少し強く踏んだ(赤字幅が年3兆円減る)

  • それぞれのケースにつき、アクセルとブレーキ(赤字増加・縮小幅)、スピード(財政赤字)、走行距離(債務残高)が毎年どうなっていくかを示したのが下図である。

ケース①の毎年の赤字増加幅が2兆円の場合には、スピードはどんどん増加していく。そして、債務残高は「加速度的に」高まっていき、すぐに財政破綻を迎えよう。

ケース②の赤字幅の拡大がゼロの場合には、スピードは一定で変わらない。しかし、債務残高は、ケース①ほどではないが直線的に増加していき、いずれかの段階で財政破綻を迎えよう。

ケース③の赤字幅が毎年2兆円減っていく場合には、スピードはだんだん落ちていくが、クルマがストップするのは20年後である。それまでは、増え方は緩やかになったとはいえ、債務残高は増大を続ける。

ケース④の赤字幅が毎年3兆円減っていく場合には、スピードはどんどん落ちて、14年目にクルマは止まり、バックギアに変わる。クルマは財政破綻という断崖からようやく遠ざかっていくことになる。

このように、「クルマは急に止まれない」。ブレーキを踏み始めても、止まるまでにはかなり走行してしまう。ましてや、今踏んでいるのはアクセルである。

先般、ようやく消費税率の3%引上げが決まったが、これはブレーキをちょっと踏んだ程度で、スピードは多少は落ちる。しかし、このままでは、数年するとまたアクセルを踏んでいる状態に戻るとみられる。要するに、3%引上げではまだ焼け石に水の状態である。

また、政府の財政健全化目標は、スピードである財政赤字が対象である。第一段階は、2015年度までに2010年度からGDP比で見て財政赤字を半減させ、第二段階で2020年度に財政赤字をゼロにするというものである。しかし、債務残高はその間もどんどん増えていくことになる。

このように、毎年赤字幅が拡大していくのは、とにかく高齢者の数がどんどん増えるためである。一人当たり受給額の削減が試みられてきたが、それには限界がある一方、高齢者数の増加はそれでは打ち消せないほど急速である。ただし、医療・介護給付は、受給者本人にとっては、受給しなくても済む状況ならばそれに越したことはないものであり、「病人」や「要介護者」は減らすことは可能かもしれない。年金も、働くことの継続や、高額に上る資産の活用などにより年金を受給しなくてもやっていける高齢者が増える余地はあろう。一方、主たる負担者である生産年齢人口は今後年1%程度の減少を続ける。生産年齢一人当たり賃金・俸給が年2、3%増加し、社会保険料等の負担額総額が差し引きで増えればブレーキはかなり利くかもしれない。

なお、国が保有する資産を債務残高の削減に充てるといっても現在は既に縮小を始めており500兆円程度しかない。半分くらいは戻ることになるが、また赤字は継続し、すぐに元の残高に戻るだけである。更に、社会保障基金の資産が半分程度を占め、これは将来の社会保障支払への「貯金」であるため、これを取り崩しても将来苦しむだけである。

財政破綻に関しては、経済成長との関係等から経済学的な条件の考察が行われるが(※6)、以上のように単純に考えても、現在の日本の財政は危機的状態にあることがわかる。

財政赤字増加幅・財政赤字・債務残高をクルマの走行に例えると・・・

赤字幅増加=アクセル

財政赤字=スピード

債務残高=断崖方向へのスタートからこれまでの走行距離

(※1)SNAベースで見た財政の解説については、当社レポート 市川正樹「SNAで見た近年の財政」(2013年8月23日)を参照。

(※2)社会保障の給付と負担の差額が年2兆円弱拡大していることや、消費税増税との関係については、当社コラム 市川正樹「消費税増税と社会保障純給付増のマクロ・バランス」(2013年9月12日)を参照。

(※3)物理で言えば、加速度がプラス2で速度がどんどん増加し、走行距離が飛躍的に伸びている状態である。数学でいえば、時間と債務残高の関係が、下に凸の二次曲線の状態である。ただし、時間が連続ではなく離散であって、ここでは差分等を使うので、微分値等とは必ずしも一致しない。こうした物理や数学は、社会に出ても役に立つ場面はほとんどないので忘れてしまって当然であろう。

(※4)かつて、政府の月例経済報告で「減速しつつ拡大している」という表現が何を言っているかわからないと批判されたことがあった。物理や数学を覚えていれば、加速度はマイナスだがスピードはまだプラスの状態で、要するに景気が山に近づいているということかと素直に理解できるのであるが、一般にはわかりにくい表現であろう。

(※5)正確には財政赤字が債務残高にストレートに積み重なるわけではない。上記レポート「SNAで見た近年の財政」参照。

(※6)ドーマー条件など。

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