'影の銀行'が促す中国金融監督体制の変革

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2013年09月27日

  • 金森 俊樹

監督協調体制の再構築—その注目点は?

8月、中国国務院は、人民銀行が主導(‘牵頭’)する形で、銀行、証券、保険の3つの監督委員会、および外貨管理局をメンバーとして、金融監督部門間協調会議(中国名称は‘金融監管協調部際連席会議’)を設立すること、同会議は4半期に一度定例会、必要に応じ臨時会を開催すること、また必要に応じて、関係部門を同会議に参加させる旨発表した。新たに設置された会議の注目すべき点は以下だ。

  • ①初めて人民銀行主導とされたこと。
  • ②業務の重点は金融監督に関係する事柄についての検討・調整で、既存の監督機関体制になんらの変更はなく、既存監督組織の機能を弱めるものでもなく、国務院の重要政策決定機能にも変更はないことが明示されていること。
  • ③外貨管理局がメンバーとなっている他、財政部、発展改革委が必要に応じ参加すること(外貨管理局が参加していることは、資本取引規制の自由化が重要課題のひとつと認識されていることを反映、また発展改革委や財政部は金融監督には直接関係はしないものの、改革委は債券市場、財政部は国債発行等で間接的に関係)。

金融監督体制の沿革

中国の金融監督体制を振り返ると、1993年までは人民銀行が唯一の監督機構であったが、93年以降、監督委員会が順次設立され、いわゆる「一行三会」体制が現在に至るまで続いている。金融監督部門の分業・協力体制のあり方についての動きは2000年に遡る。当初、人民銀行、証券監督委、保険監督委の3機関が4半期毎に集まって連絡調整会議が開催されていたが、2003年、人民銀行から切り離される形で銀行監督委が設立され、また同年の人民銀行法改正によって、「国務院が金融監督協調体制を整備、具体的方法は国務院が決める」とされた。これにより、人民銀行に代わって銀行監督委が連絡調整会議に入り、3監督委による会議体制となった。同年9月に初の会議が開催され、4半期毎に定例会議を開くと明確化されたが、2回目が04年3月に開催された後、4年間開催されず、2008年に(おそらくリーマンショックを受けて)ようやく再開された。その際、国務院は、人民銀行も入れて(‘会同’)3監督機関と共同で監督協調体制を構築し、金融リスクを防止・監督することを企図したと思われるが、正式な制度的基盤が欠如していたため、実際には‘会同’の名の下で、人民銀行には発言権がなかった模様で、監督協調体制に特段の進展はないままになっていた。

再構築の背景

今回、国務院が改めて金融監督協調体制の再構築を打ち出した直接的な契機は、言うまでもなく、いわゆる‘影の銀行’、シャドーバンキングの拡大に伴い金融リスクが増大しているにもかかわらず、それに対して適切な金融監督が行われていないことである。特にP2P金融と呼ばれるようなネット金融が、参入規制、業務規制、監督機関の何れもがない‘三不管’という野放し状態の中で急拡大していることへの強い懸念がある。中国のネット利用者は2013年6月時点で5.9億人、うち携帯ネット利用者4.64億人(9月6日付新京報他)と増加しており、市場関係者の間では、ネット金融は、昨年が勃興期、今年が拡大期、来年は爆発期になると言われている。9月初めに開かれた金融論壇の場では、人民銀行幹部が特にネット金融の監督が必要であることを強調する一方、金融機関関係者からは、できるだけ早くネット金融を適切な監督下に置くこと、そのために新たに設けられた部門間協調会議が果たす役割に期待するとの発言が出された。実際8月には、人民銀行が中心となり、3監督委、公安部、法制弁公室などをメンバーとして、これまででは最大規模のネット金融に関する研究チームが発足して現地調査を始めており、当局のネット金融への関心・警戒感が高まっていることをうかがわせている。

より一般的な背景としては、影の銀行も含め、中国でも金融イノベーション(‘創新’)が進み、金融取引が複雑化する結果、業際間の垣根があいまいになってきていること、またそれに伴い、分業型監督体制の下での情報交換、相互連携のコストが増加していることが指摘できる。海外では、1990年代後半以降、監督権限を1組織に集中する国(日、独、英等)が増加する傾向にある一方、中国やインドを含む世界全体の3分の1程度の国が、なお銀行、証券、保険に応じて3つの組織に監督権限を分散する伝統的仕組みを採っている。特に一部海外では、グローバル金融危機後、監督機能を中央銀行に戻して、監督政策とマクロ金融政策の協調体制を強化し、それによってマクロ政策の有効性を高めようとする方向も見られるが、こうした国際的な流れの中で、中国でも金融イノベーションの結果、人民銀行の社会融資総額統計にも顕著に見られるように、人民銀行がコントロール可能な流動性の範囲がかつては80%以上であったものが、近年は60-70%にまで低下してきているという事情がある。

協調会議の評価と今後

海外からは、現在中国がやるべきことは監督組織の整理であって、こうした部門間会議を設けることは、複数の監督組織による多重行政という弊害を悪化させるだけだとの指摘があるが(8月27日付China Economic Review)、中国内でも、表向きは評価しつつも、効果は限定的ではないかとの別の観点からの消極的評価が案外多い。例えば、会議は臨時的な協調体制で法的根拠や実施細則がなく実効性に疑問(8月21日付光明網、22日付中国財経評論)、人民銀行の‘牵頭’の意味が、単に会議を召集する程度の意味で、人民銀行は責任を分担しないとすると、協調と言っても情報交換に終わるだけで、実際の金融リスク防止にはつながらない、また各監督当局の監督領域はすでに相互に独立しており、交差する領域でどう協力できるかは難しい(中央財経大学教授、8月22日付毎日経済新聞)等である。しかし、現行体制を直ちに大きく変えることが困難とすると、とりあえず現実的な対応が採られた点は率直に評価されるべきで、また人民銀行が主導する形としたことは、人民銀行がマクロ金融政策に責任があり、他方で信用リスク全般に関する情報をおそらく集中的に有していることから考えると、適切な対応と言えるのではないか。

今後の監督体制については、「マクロ景気対策や流動性管理は人民銀行、金融システムリスクやミクロの金融商品の管理監督は3監督委という分業体制を維持しつつ、会議を通じて相互の協調を強化するという微調整」(上記中国財経評論)、「人民銀行の下で各監督委が各業界を監督しつつ、統一的な方針を形成する方向になるが、‘大金融委員会’というようなものにはならない」(全国人大財経委主任、8月22日付中国経済時報)、「会議は過渡的なもので、いずれは1総合監督組織を設立し、その中に銀行等各監督部門がある形に移行していくべき」(北京大学経済学院教授、同21日付中国網)等、様々な意見・見通しが示されており、おそらく中国当局自身、試行錯誤の段階だろう。しかし、金融監督体制で、かつて動きはあったが結局進展はなかった2000年代とは、中国の金融を巡る状況は全く異なってきており、新しく動き出した協調会議がうやむやになって終わるということは許されないだろう。会議が今後どう機能し、既存監督組織にどのような影響を与えていくのか否かを注視する必要がある。

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