農業の企業化は若者の新規就農を目玉に

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2013年09月02日

  • 中里 幸聖

農業の成長産業化は、今後ともわが国が活力を持続させるための重要課題である。安倍首相は、「農業・農村の所得倍増目標」を掲げ(2013年5月17日「成長戦略第2弾スピーチ」など)、6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」でも「農林水産業を成長産業にする」と明示している。

わが国の農業は付加価値ベースで見れば他産業に比べて生産性が低いといわれるが、このことは生産性向上の余地が大きい、つまり潜在的な成長力があると考えることもできる。一方で、農業の生産物の大半は、日々の人々の生活を支える根本であるから、価格が安いに越したことはなく、そのための政策的工夫をすべきだとの議論もあり得る。

いずれにしても、農業の成長産業化のために、生産性の向上、農地の集約、農商工連携による6次産業化、等が議論され、農業への企業の参入も取り上げられている。一年半前のコラム「瑞穂の国における農業」(2012年3月7日)の末尾に「農業の企業化は有効」と書いたが、本稿では農業を成長産業とするための観点も踏まえて、その理由を述べる。なお、農業の企業化とは、既存の企業が農業に参入することや農業生産法人をより企業組織化することなども含めて、農業が組織化されて企業的に営まれることを指す。従って、具体的なあり方は様々なパターンが考えられる。

現在のわが国の農業の課題の根幹は、農業の中核となる担い手の不足である。この問題を解決しないことには、農業の成長産業化もTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への積極的な対応も何もありはしない。2013年の農業就業人口は239.0万人でうち65歳以上が147.8万人と61.8%となっている(農林水産省ウェブサイト「農業労働力に関する統計」より)(※1)。5年前の2008年は農業就業人口298.6万人でうち65歳以上が180.3万人と60.4%であったから、農業就業人口が約2割減って、高齢化率(ここでは65歳以上が占める比率)が上昇したことになる。平成に入ったばかりの1990年の農業就業人口は481.9万人(高齢化率は33.1%)であったから、この四半世紀ほどで農業就業人口はほぼ半減、高齢化率が2倍近くになったことになる。人数という観点だけで見れば、現在のわが国の農業は高齢者に支えられていることになる。

このような就業構造になった理由は様々な要因が絡んでいるが、一つには農業があまり儲からなかったということがあるであろう。その意味では成長産業化を目指すのは適切な方向ではある。しかし、それ以上に、農家出身でない人が農業を目指す道が、実質的にほぼ閉ざされていたに近い状況が大きな理由であろう。

農家出身でない人が農業に従事しようとする場合、農地の確保に加えて、機械・施設の取得などの初期投資が負担となる。また、そもそも農業を身近に見てきたわけではないので、農業のリズムや農作物に関する理解を深めることから始めなければならない。さらに、独立自営で農業を始めようとする場合、農業を営む予定の農村との関係を良くしていくことも重要であろう。それらを踏まえた上で、少なくとも自分の身を成り立たせられる程度には収入を上げなければならないと考えると、農家出身でない人が新規就農することは非常にハードルが高いことといえる。

農業の企業化は生産性向上なども期待できるが、その眼目は新規就農のハードルを下げることにあると考える。通常の企業が新入社員に集合研修を行い、その後にOJTなどで新人を一人前に育てていくように、全くの素人の新入社員を一人前に育てていくシステムを農業の企業化を通じて確立していくべきである。また、組織として対応することにより、週40時間労働(週休二日)、月給の支給、年次有給休暇制度の適用、など一般の企業で行われている就業規則の導入も可能となるはずである。ただし、例えば朝5時起きとか農地に密着するなど、他産業とは異なる農業の特性を反映した具体的な就業規則も必要となるであろう。「日本再興戦略」にも「若者も参入しやすいよう『土日』、『給料』のある農業の実現などを追求し、大胆な構造改革に踏み込んでいく必要がある。」(10頁)と書かれており、こうしたことは農業の企業化を通じて実現できると考える。「日本再興戦略」では、「新規就農し定着する農業者を倍増し、10 年後に40 代以下の農業従事者を約20 万人から約40 万人に拡大」(79頁)としているが、こうした目標の実現にも農業の企業化が有効に機能しよう。

農業はしびれるような満足感を得られる。人は土の在る所、庭の在る所に帰って行く。体全体でしびれるのは農業をおいてない。工業製品は目と耳だけしか満足させる事はできない。若者の就職率低下が課題となっているが、農業の企業化を通じて、しびれるような満足感が得られる農業に、若者をいざなうことが多くの課題の解決につながるのではないだろうか。

(※1)ここでの農業就業人口とは、15歳以上の農家世帯員のうち、調査期日前1年間に農業のみに従事した者又は農業と兼業の双方に従事したが、農業の従事日数の方が多い者をいう。従って、兼業の従事日数が多い農業従事者は含まない。

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