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国際経済のパラドックス:スイスのスタバはなぜ高い?

2013年08月27日

経済調査部 シニアエコノミスト 小林 俊介

海外旅行中に喉を潤したくなったとき、スターバックスの存在は本当にありがたい。とりわけヨーロッパではコーヒーを冷たくして提供する店が(南欧を除き)筆者の知る限りほとんどないし、室内にクーラーが設置されていないこともざらにあるから、夏の炎天下であの緑地に白抜きの看板を見かけると、普段アイスコーヒーを飲むことに慣れている筆者のような人間はまるでオアシスを見つけたような気分になる。

世界各国で同じメニューが提供されている(≒アイスコーヒーを注文できる)ことのみならず、商品の価格帯に関しておよその想像がつくため、ひどい値段を吹っかけられる心配が少ない点もありがたい。筆者はつい先月までロンドンとニューヨークの大学院にそれぞれ1年ずつ留学しており、アイスコーヒーのVenti(特大)サイズを注文して図書館に向かうのが学期中の日課と化していたのだが、価格はそれぞれ£2.30/$2.95であり、日本の価格(420円)と比べれば安いものの、さほど大きな差はなかったように思う。

そんなふうに安心していたものだから、チューリッヒ空港で何気なくいつものコーヒーを注文した時には面食らった。上で挙げたような都市での価格のおよそ倍の料金を要求されたからである。後日調べてみたが、ウォールストリートジャーナルが世界主要都市のスターバックスにおけるカフェラテ価格を比較したところ(※1)によれば、チューリッヒは$7.12と、比較対象となった29都市の中で4番目に高い価格設定を行っている都市であった。東京・ニューヨーク・ロンドンはそれぞれ15、17、25位(価格はそれぞれ$4.49、4.30、3.81)だから、比較的中庸に位置していた模様である。1位のオスロの価格は$9.83と、最下位のニューデリーの価格($2.80)の3.5倍にもなっている。

なぜ同じ物(※2)の値段が、場所が変わるとこんなにも違うのか。同一の商品は同一の価格で取引されるという仮説は、国際経済学の文脈では「一物一価(Law of One Price)」と呼ばれる。しかしこれは一般的に成立しない。このパラドックスの理由としては多くのものが考えられるが、国際展開しているチェーン店のコーヒー価格の差異と無関係でないと思われるものを挙げていくと、一つに輸送コストが挙げられる。南米やアフリカからコーヒー豆を運び、他の欧州都市で水揚げしてからチューリッヒまで陸路で運搬しなければならないことを考えれば、近郊に港湾を持つロンドンやニューヨークに比して輸送コストが高くつくことは想像に難くない。また、相応に高い輸送コストの存在は、飲料サービスという商品の特性と相まって、設定価格と店舗所在地の近隣住民の予算制約のリンケージを強める。スイスの平均所得の高さは先進国の間でも際立っており、2012年時点の一人当たりGDPは79,033ドル(※3)となっている(日本は46,736ドル)。さらに関税の問題がある。スイスは欧州連合非加盟国であるから、たとえば東欧などで加工した中間財を仕入れる際に、他の欧州各国よりも余計に関税コストを支払うことになる。こうした理由からチューリッヒのスターバックスの価格設定は他の主要都市と比べ高いものになっていると考えられよう。

もっとも、こうした要因は何もスターバックスのコーヒーにだけ当てはまるわけではない。コカコーラだろうがバドワイザーだろうがエビアンだろうが、スイスでは何でも同様に高いので、アイスコーヒーが高いからといって代替財に逃げることもできない。というより、そもそも代替性が高ければ高いほど価格の相関は高いはずであり、アイス飲料の間で大きな価格差異が発生することは考えにくい。また、こうした代替財ではなくアイスコーヒーがどうしても飲みたくてたまらない向きにとって消費量の価格弾力性は著しく低くなるわけであり、提供価格が法外に高かろうがプライステイカーとしてそれを甘受せざるを得ない。結果としてスイス滞在中はスターバックスの売り上げに対し、通常の約2倍のスピードで貢献することになった。

(※1)出所:"What Price a Grande Latte?" The Wall Street Journal

(※2)蛇足だが、国・地域によってコーヒー豆のブレンドや淹れ方等が異なるため、厳密には完全に同一の商品が提供されているとは言えないかもしれない。

(※3)出所:"World Economic Outlook Database " IMF

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