日本再興戦略の税制措置に関する"大胆な"提案

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2013年08月15日

  • 吉井 一洋

8月8日に平成26年度予算の概算要求の基本方針が閣議了解された。消費税増税やそれをベースとした歳出の詳細は決定されていないが、「新しい日本のための優先課題推進枠」として上限で3.5兆円の枠が設けられている。当該枠には、平成25年1月の緊急経済対策、防災対策などの他、6月14日に閣議決定された日本再興戦略も要望対象に含まれている。

日本再興戦略では、次のような税制措置が盛り込まれている。今後、9月以降詳細を固め、産業競争力強化法案等の関連法案が秋の臨時国会に提出される模様である。

  • ①民間投資の活性化:今後3年間の「集中投資促進期間」に、国内投資を促進するためにあらゆる施策を総動員する(今後3年間で民間投資の水準を70兆円に回復)
    ⇒ 生産設備の新陳代謝を促進するための企業への税制を含めた支援策を検討
  • ②ベンチャー投資の促進:開業率が廃業率を上回るようにし、開業率・廃業率が10%台(現状はともに4.5%)となることを目指す。
    ⇒ 個人によるベンチャー投資の促進。エンジェル税制について、今年の夏までにベンチャー企業やその支援者である税理士等にとっての分かりやすさを向上させ、手続負担を軽減する観点からの運用改善と制度の利用促進に向けた周知徹底を実施
    ⇒ 民間企業等の資金を活用したベンチャー企業への投資促進の方策(税制措置を含む)を早急に検討し、8月末までに検討を進め結論を得た上で必要な措置を講じる。
  • ③事業再編・事業組換の促進
    ⇒ 思い切った投資によるイノベーションを可能とするよう、収益力向上に向けた戦略 的・抜本的な事業再編(スピンオフ・カーブアウトを含む。)を強力に促進し、事業組織再編を推進する企業に対する税制措置などを検討し、必要な措置を講じる。
  • ④官・民の研究開発投資の強化:民間研究開発投資を今後3年以内に対GDP比で世界第1位に復活することを目指す。
    ⇒ 研究開発税制の利用促進など企業の研究開発投資環境を整備する。

①に関しては、特別償却などが検討されている模様である。経団連は新陳代謝の定義を幅広くとらえること、特別償却に即時償却を含めること、税額控除との選択制、機械・装置のみならず、ソフトウェアや建物等も対象に含めること、平成25年から最低でも5年間の措置とすること、固定資産税の免除などを提言している。

筆者個人としての提案だが、特別償却などの措置を講じても、そもそも設備更新需要が乏しい企業が無理に投資を行うことは考えづらい。そこで、設備投資を行う代わりに、自己株式の消却や配当に資金を回した場合に、時限的に減税措置を講じることも検討に値するのではないかと思われる。具体的には、自己株式の消却に回した場合は、消却額の一部について損金算入を認める。対象となる範囲が広すぎるというのであれば、持合い株式や他社の政策投資株式となっている自己株式を消却する場合に限って認めることも考えられる。株主還元にもなるし、発行済株式数が多すぎる企業にとってはこれを整理する機会になる他、持合い株式や政策投資株式の解消にもつながる。株主還元に関しては、増配分について、法人税率等を軽課することも考えられる。平成25年度税制改正で、時限的な措置として、従業員の所得拡大促進税制が講じられたことからすれば、株主還元についても何らかの時限的措置が講じられてもいいように思われる。

②のベンチャー企業への投資については、個人の投資に対する優遇税制(いわゆるエンジェル税制)に関しては手続や対象企業要件の見直しが中心の模様であり、それよりも、法人の投資に対する優遇税制の導入(例えば、投資額を一定限度まで損金算入する、譲渡益の課税軽減)が注目されている。個人のベンチャー企業への投資が思うように増えない一方で、企業においては子会社を用いた事業の多角化を行う例が多いというわが国の実状を考えれば、法人にベンチャー投資を促すための優遇税制を導入することは有効であるように思われる。さらに、研究開発を中心に行う子会社への出資にも活用されることで、④の研究開発減税の補完的な役割を果たす可能性もある。

個人のベンチャー投資に関しても、例えば、孫(子)の新規事業の創業資金を祖父母(父母)が贈与した場合に、贈与税を非課税にするという大胆な措置を講じれば、投資促進効果が期待できるのではないか?金融庁の金融審議会「新規・成長企業へのリスクマネーの供給のあり方等に関するワーキング・グループ」で、新興企業の経営者が、創業資金は親に出してもらったと説明していた。このことのみで判断するのは早計かもしれないが、潤沢な金融資産を保有する高齢者層が、孫(子)に創業資金を贈与することを支援する措置は、教育資金の贈与よりも、即効性があるのではないかと期待される。また、ベンチャー企業への直接の出資や組合型ファンドを通じた投資のみが、エンジェル税制の対象となっている現状を改め、ベンチャー企業に投資する公募投資信託に投資する場合にもエンジェル税制の適用を認めれば、幅広い投資家を呼び込む効果が期待できる。

③の事業再編に関しては、複数企業が共同で事業再編のための会社等を設立した際に、当該会社の損失を、母体企業の所得と損益通算できるような措置を講じる(例えば、当該会社をLLC(合同会社)として設立した場合に組合型組織と同様の導管的な税制を認める)ことが検討されている模様である。しかし、これ以外にも、子会社の株式を自社(子会社から見た親会社)の株主に割り当てる等のスピンオフを行った際に、適格企業組織再編と同様に、企業(この場合は自社)や自社の株主が非課税となる(少なくとも、自社の株主に、子会社の株式の現物配当として源泉税が課されないようにする)措置を講じることも検討に値するのではないか。②で述べたベンチャー子会社の株式を、将来自社の株主に割り当てる場合や、複数企業による合併等の過程で独占禁止法などの法令上の制約から、ある事業を子会社等の形で自社の外に出さなければならない場合などに、対象子会社の株式を自社の株主に割り当てることを容易にする効果が期待できる。

既に政府の中では内容が固まっているのかもしれないが、秋の臨時国会の再興戦略関連法案の議論に向けて、税制措置の更なる拡充を検討する余地はあると思われる。

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