インサイダー規制と情報伝達行為

なぜ、情報漏洩者は処罰されるべきなのか?

RSS

2013年07月23日

2013年6月12日、「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(以下、金商法等改正法)が成立した。その内容は多岐にわたっているが、その中でも特に注目されたのは、公募増資インサイダー事案等を踏まえたインサイダー取引規制の強化、特に、未公表の重要事実を伝達(漏洩)した者を、一定の要件の下で規制・処罰の対象とするというものであろう。

具体的には、会社関係者による未公表の重要事実を伝達する行為(以下、情報伝達行為)について、①取引させることにより、利益を得させ、又は損失の発生を回避させる目的をもって行われ(主観的要件)、②伝達等を受けた者によって実際に取引が行われた場合(取引要件)には、刑事罰・課徴金の対象とするというものである(※1)(※2)

この改正の直接の発端は、近年のいわゆる増資インサイダー事案であったことは、周知の通りである。ただ、金商法等改正法の下で規制の対象となるのは、増資の引受主幹事証券会社の役職員に限られない。上場会社の役職員など幅広い会社関係者が情報漏洩者となる場合も規制の対象となり得るのである。その意味では、この機会に改めて「なぜ、情報漏洩者は処罰されるべきなのか?」を考えることは無益ではないだろう。

情報伝達行為を処罰する根拠の一つとして、「それがインサイダー取引行為の実質的な教唆犯・幇助犯に該当するため」という説明がある。

もちろん、改正前の金融商品取引法の下でも、例えば、会社関係者Aがその友人Bに未公表の重要事実を伝えて、インサイダー取引を行うように唆したような場合、実際に売買を行ったB(第一次情報受領者)だけではなく、唆したA(情報漏洩者)も、インサイダー取引の共犯(教唆犯、幇助犯)として処罰することは可能だと解されていた。しかし、共犯関係の立証は困難であり、第一次情報受領者の「共犯」として、情報漏洩者を取り締まることには限界があると考えられていた。

そこで、第一次情報受領者によるインサイダー取引行為は、内部協力者(=情報漏洩者)による情報伝達行為なしには起こり得ないとの前提の下、情報伝達行為はインサイダー取引行為の実質的な教唆犯・幇助犯であるとして、法律上、明文で処罰の対象と定めるというのが、この説明である。

今回の金商法等改正法が、情報伝達行為を処罰するために、主観的要件と取引要件を要求していることも(この点は国会審議や金融審議会インサイダー取引規制に関するワーキング・グループでも重要な論点となったようだ)、情報伝達行為とインサイダー取引行為との間に、実質的な教唆犯・幇助犯としての関係があることを認定するためと考えれば、一定の合理性を認めることができるように思われる。

他方、こうしたインサイダー取引行為との関係(教唆・幇助)を根拠とする説明の対極に位置するのが、情報伝達行為それ自体が、市場における公正な価格形成や投資者保護などに対する重大な違反行為だとする説明だろう。

すなわち、上場会社は、原則、投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす情報を、適時・適切に開示しなければならない(適時開示義務)。もちろん、これを杓子定規に適用すれば、上場会社の業務・活動やM&Aに重大な支障が生じる危険性がある。そこで、上場会社の業務・活動などについて、どうしても秘匿することが必要な場合については、通常、適時開示義務の例外が認められる。ただし、開示しない以上は、その情報が悪用されること(もちろん、インサイダー取引も含まれる)がないように、アクセスできる者を限定した上で、守秘義務契約を結ぶなど、適切な情報管理を行わなければならない。正当な理由がないにもかかわらず、特定の者にだけこっそり情報を伝達することは、こうした上場会社の義務に違反し、ひいては市場における公正な価格形成や投資者保護を損ねる危険性が高いため、規制・処罰の対象としなければならないというわけである。

欧州において、(現実に違反者が処罰されているか否かはともかく)インサイダー取引行為とは切り離して、不正な情報伝達行為そのものを適時開示義務との関係で規制・処罰の対象としていることは、こうした考え方が背景にあるものと思われる。また、米国の選択的な開示を禁じる公正開示規則も、同様の考え方を踏まえていると指摘することも可能だろう。

それでは、金商法等改正法を踏まえて、わが国ではどのように考えればよいのだろうか? 残念ながら、筆者も適切な解答をいまだ見つけてはいない。ただ、コンプライアンス体制を整備する上で、形式的に主観的要件・取引要件に抵触しない方法を模索するよりも、市場における情報開示の重要性を尊重した上で、適切な情報管理のあり方を検討する方が、建設的ではないだろうか。現時点では、漠然とではあるが、そのように考えている。


(※1)厳密には、公開買付者等関係者が未公表の公開買付け等事実を伝達する行為や、会社関係者・公開買付者等関係者が(情報内容そのものは伝達しないが)取引を推奨する行為についても、同様の規制が課されるが、ここでは説明の便宜上、割愛する。
(※2)施行は、公布日(2013年6月19日)から1年以内の政令指定日とされている。

<関連レポート>
情報伝達行為等に対するインサイダー規制」2013年5月15日証券・金融取引の法制度

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳