春闘と賃上げ:高い「次元」の視点が必要?

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2013年07月18日

  • 市川 正樹

2013年の春闘も、例年であればやがて厚生労働省による最終的な集計結果が公表される頃となった。

かつて春闘では、金属労協の鉄鋼、造船、電機、自動車の賃上げ交渉が先行し、次いで主要民間産業大手企業が続き、それらが国営企業等(当時)の賃金決定、さらには中小企業、未組織労働者の賃上げにも反映されると言われていた。

下図を見ると、1997年頃までは(厚生)労働省調べの春闘賃上げ率はおおむね3%を超えており、これは経団連調査等の賃上げ率とほぼ一致する。経団連調査等のベースアップ率はこれより2%ポイント程度低く、この差は定期昇給分である。ベースアップ率は明確にプラスであった。こうしたデータは対象などは異なるものの概ね大企業に関するものであり、中小企業も含まれる常時30人以上を雇用する企業を対象とした毎月勤労統計調査の所定内給与の増加率は、おおむね大企業の賃上げ率とベースアップ率の中間に収まる形となっていた。なお、基本的にこうした賃金と雇用者数を掛け合わせたものに相当するマクロの雇用者報酬がマクロの消費量を左右するが、CPI(消費者物価指数。ここでは生鮮食品を除いたコア。1997年が目立って上昇したのは消費税率の引上げによる。)の上昇率よりは高い増加を見せていた。

しかし、1998年頃からは様相は一変する。マクロの雇用者報酬はマイナスに転ずるとともに、常時30人以上を雇用する企業の所定内給与の伸び率は大企業の春闘ベースアップ率を下回るようになる。その大企業のベースアップ率も基本的にほとんどゼロに張り付いたままである。CPI変化率もマイナス基調となり、デフレに突入した。これには、正規雇用者数の減少と非正規雇用者数の増加、フルタイム労働者の賃金低下などさまざまな要因が絡んでいよう(このような1998年を節目とした変化については下記の注のレポートを参照)。

2013年は政権からの賃上げ要請もあり、春闘の動向が注目された。しかし、ボーナスの引き上げ等は見られたものの、大手企業の回答の第一回集計結果を見ると最終的にはこれまでの結果と変わらないものとなると見込まれる。春闘は、増えるパイを分け合う時代には、賃上げシステムとして機能したが、現在のままの春闘ではその機能は必ずしも期待できない可能性がある。マクロ経済の観点からは、雇用者報酬が増加しなければ消費は増加せず景気も回復しない一方、景気が回復して利益が上がらない限り賃金が上げられず雇用者報酬も増加しない、というのでは堂々巡りである。生産性が上昇しない限り賃金は上がらないといっても、生産性の分子がGDPであれば、結局雇用者報酬が増加して消費さらには景気が回復することがGDPの増加に必要なので、ニワトリが先か卵が先かという状況は同じである。視点の「次元」を変える必要があろう。

一般物価についても、政府と日銀で2%上昇目標が設定されたが、個別に見れば今まで売っていたのと同じモノやサービスの突然の値上げには、供給側、需要側ともひっかかるところがあるためか、より単価の高い高品質なものの新たな供給などが行われ始め一定の成果をあげている部分もあるとみられる。賃金についても、労働の目に見える成果として企業利益が増加したわけではない中で、突然、引き上げるのは労使ともどもひっかかるところがあるのかもしれない。では、賃金における「より単価の高い高品質のもの」など転換のきっかけになりうるものは何であろうか。

ひとつには、今あるパイを取り合うことではなく、労働力についても資本とみなして将来のパイの拡大に向けて、如何に労働力の量と質を高めそれを発揮させていくかの人的資本への投資の視点であろう。労働は単なるコストではない。将来の企業の成長を規定する最大の要素のひとつは人材であり、その向上なくしては国際競争力も高まらない。政府の側からもマクロ経済的な視点から政労使の間の意見交換等の場を設けることが提唱されていると伝えられるが、具体的な賃金等の決定は労使間の交渉に委ねるとしても、そうした場も活用しつつ、人的資本としての労働に如何にその力を発揮させ日本経済の成長力を高めていくか、その際賃金はどうあるべきかなどを話し合っていくことが必要であろう。労使協調の下、労働がその力をいかんなく発揮することは、かつての日本経済の強みでもあったはずである。

賃上げに関する様々な指標の動き

賃上げに関する様々な指標の動き
 

(出所)春闘賃上げ率は厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ・妥結状況」、CPIは総務省「消費者物価指数」、所定内給与変化率は厚生労働省「毎月勤労統計調査」、賃上げ率とベースアップ率は日本経済団体連合会「昇給、ベースアップ実施状況調査」

(ただし、2013年分は「2013年春季労使交渉・大手企業業種別回答一覧[第1回集計]」、また、1989年以前は労務行政研究所「モデル賃金・年収と昇給・賞与」)、雇用者報酬は内閣府「国民経済計算」より、大和総研作成


注)大和総研調査季報2013春季号Vol.10「1998年を節目とした日本経済の変貌 ~「失われた20年」以外の成長低迷とデフレの見方~」

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