1. トップ
  2. レポート・コラム
  3. コラム
  4. 農民工報告に見る中国経済の縮図

農民工報告に見る中国経済の縮図

2013年06月28日

金森 俊樹

5月末、中国国家統計局より、日本ではあまり注目されなかった重要な報告が発表されている。‘全国農民工監測調査報告’である。統計局は2008年末に農民工統計を発表する体制を整えた後、毎年本統計を発表している。言うまでもなく、農村から都市部へ流入する出稼ぎ労働力は、中国の労働市場、ひいては経済全体の動向を見る上で、重要な要素のひとつである。同報告は、基本的に統計数値を発表しているだけで分析はないが、発表数値から何が見えてくるか?

(省を越えて移動する農民工の比重低下-地域間バランスに変化)
第一は、省を越えて移動するより、故郷または同じ省内で働くことを選択する農民が増加している。2012年、東部で働く農民工は全農民工の64.7%と前年の65.4%から低下、うち長江三角地帯は23.1%から22.6%へ、珠江デルタ地域は20.1%から19.8%へとそれぞれ比重が低下している。これには、需要側要因として、中央が相対的に後れた中西部の開発を重視する政策を採る中で、東部沿海地区の労働集約型製造業が発展余力の大きい中西部への移動を進め、そこでの投資・雇用機会が増加していること、供給側要因として、農民も生活費が安くまた分居の必要もない地元での就業を希望するという事情がある。例えばある地元紙で、これを象徴するひとつの事例が紹介されている。すなわち、湖南省常徳市の村で建設中の5つ星ホテルの電気工事に従事する同市出身の農民工は、1日250元、月5-6000元(約9万円)の収入に非常に満足している。同農民工は、2010年に職業学校を卒業後、珠海の製鉄工場で働き、月給3-5000元だったが、生活費を除くと手元には200元ほどしか残らず、はるかに地元で働く現在の方がよいというわけだ(5月28日付21世紀経済報道)。

(自営業の比率低下-地方政府の‘都市化’政策も影響)
第二は、農民工の就業状況を見ると、自営業の比率が低下していることが特徴的である。「外出農民工」(※1)のうち自営業は4.7%、「本地農民工」(※1)の場合27.2%が自営業で、各々前年の5.2%、28.1%から低下している。これについては、マクロ経済環境が悪化する中で、零細な自営業に対する国の支援がないこと、地方政府はもっぱら、‘文明都市建設’の名の下に、都市の‘亮化’(外観を鮮やかにすること)に関心を持ち、(彼らから見ると)都市の景観を損ねている自営業を不断に整理していること、大型企業が中小零細自営業者を駆逐していること等の要因が背後にある。国は自営業に対し、小額ローンや事業への補助金を供与する他、人材育成の面でも一定の優遇措置を提供しているが、その多くは都市戸籍者のみを対象としており、農民工は受けられないという(以上、社会科学院研究員、5月30日付人民強国論壇)。農村に戻れば、そうした優遇措置も受けられるが、農村にはそもそも自営業を展開できるような市場はないという問題がある。農民工全体では、製造業(35.7%)、建設業(18.4%)への従事者が多いが、自営業については、各種卸小売業に従事する者が38.9%と最も多い。

(農民工も高齢化)
第三は、農民工の高齢化である。本統計をとり始めた2008年から2012年にかけ、平均年齢は34歳から37.3歳へと上昇、40歳以下の若年労働力の割合が70%から59.3%へと低下している。もちろんこの底辺には、中国社会全体に進む急速な高齢化があるが、供給不足でなかなか農民工を雇えない‘用工荒’と呼ばれる状況下で、一部企業は高年齢者を採用せざるを得ず、建設業など若年労働力が好まない業種に高年齢者が従事する傾向が強まっていること、農村での生活コストが上がり、高年齢者が再び都市に出稼ぎに行くといった事情が指摘できる。そもそも農民工の総数は、今回報告によると2.63億人、前年比983万人と、それなりに増加している(2011、2010、2009年は各々、1,055万人、1,245万人、436万人の増加)。それにもかかわらず、‘用工荒’が叫ばれるのはなぜか?企業が求める熟練労働力は不足する一方、非熟練労働力は職を見つけるのが困難というミスマッチ、多くの企業は若年労働力を求めるが、‘80后’等と呼ばれる新世代の出稼ぎ農民工の職への要求水準は高くなっており、労働条件が相対的に悪い中小零細企業は、こうした若年農民工を引き付けられない。他方で別の調査(麦可思教育数据咨询公司‘大学生就業報告’)が示すように、大学新卒者の就職難は厳しさを増しており、大学で得た専門知識と市場のニーズが合致しておらず、学生は‘無用武之地’、武器を活用する場がないと言われている。

(改善しない労働環境-求められているのは‘市場’より‘政策’)
第四は、農民工の労働条件の問題である。外出農民工の平均月額収入は2,290元(約3.5万円)で、前年伸びより9.4%ポイント低い11.8%の伸びに留まっている。しかもこの伸び率の鈍化は都市戸籍労働者より大きく、最近の景気鈍化の影響がより出稼ぎ農民工に及んでいる(5月29日付China Daily)。これでも、大学新卒者の69%は2,000元以下(教育咨询機構)で、新卒者の厳しい状況がむしろあらわになっているが、農民工と大卒者の単純な給与比較はできないとの指摘もある。すなわち、農民工の労働時間は長い(平均毎月25.3日、29.6%の農民工は1日10時間以上労働)、近年伸びが高かったのは、ずっとこれまで低く抑えられてきたためにすぎないとの指摘である(以上、6月6日付広州日報)。
かつて大きな問題となっていた‘施欠’、給与未払い状態の外出農民工は0.5%と、2008年の4.1%から大きく改善している。2002年頃から国がこの問題を重視し改善を図っていることもあろうが、‘用工荒’状況から企業側も給与未払い問題を抱えていては、新規に農民工を雇えないという事情が大きいと思われる。しかし労働契約・労働環境面では、なお改善は見られない。例えば、外出農民工の養老保険加入率はなお14.3%、医療保険加入率は16.9%にすぎない。これら比率は2008年以降大きな改善を示しておらず、大半は給付の低い農村の保険に加入しているか、まったく保険がない状態かのどちらかで、多くの雇用主は、彼らのいわゆる‘五険’(養老、医療、障害、失業、生育)の保険料を支払っていない(上記、China Daily)。また正式な労働契約によって雇用されている外出農民工は43.9%と半分に満たず、この比率にも改善傾向は見られない。一義的には経費負担を嫌う企業側の事情があろうが、農民工側にも、職を頻繁に移るため、契約を望まない傾向が強い(上記、人民強国論壇)。農民工の住宅事情は、都市部の住宅価格高騰を受け、むしろ悪化している。出稼ぎ先で住宅を自ら購入している者は2012年0.6%にすぎず(2008年0.9%)、一人で借りている者も同期間18.8%から13.5%に低下する一方、他人と共同で借りている者は16.7%から19.7%、農村の自宅に住みながら出稼ぎに行っている者が8.5%から13.8%へと増加している。総じて、賃金は‘市場の力’で上昇しても、その他の労働環境改善には、‘政策’の力が必須との声が高まっている。

高齢化の進展、人件費の上昇、しかし農民工からすると、都市に移住することへの見えない壁(‘無形之墙’)から、収入が上がっても幸福感がないという問題、農民工の人手不足と大学新卒者の就職難の併存、東部と中西部の地域バランスの変化等、報告から見えてくるこうした労働市場の状況は、様々な意味で、中国経済社会全体の構造問題を凝縮している。

(※1)‘農民工報告’では、「外出農民工」は、各調査年度において、6ヶ月以上出身の農村を離れて都市で働いている農村労働力。「本地農民工」は、6ヶ月以上出身の農村で非農業に従事している農村労働力を指す。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加