中国の対TPP政策に変化か?

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2013年06月14日

  • 金森 俊樹

中国外交部報道官が、5月31日の記者会見で、中国はTPPにオープンな姿勢であると述べたことから、にわかに、中国の対TPP政策が積極的な方向に大きく転換したのではないかと注目されている。先般行われた米中首脳会談でも、中国側よりTPPへの関心が示され、米国から交渉の進展に合わせ情報提供をしていくことで合意したとされる。中国では以前、TPPについてはほとんど知られてもいなかったが、2010年に日本が参加への関心を示して以来、TPPに関心が寄せられるようになり、その後様々な議論が見られてきた。そこでは、基本的には、TPPは中国の台頭を懸念する米国の「戻ってきたアジア戦略」だとして警戒する一方、経済大国中国を排除した形での地域協力には実質的意味はないこと、他方でTPP交渉には時間がかかると予想され、当面は中国としては日中韓FTAや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といった中国が主導し得る枠組みの構築を対抗して進め、TPPについてはその動向を注視していくという戦略であったように思われる。

そうした中で、中国はTPPのような地域協力枠組みについて、一貫して次のような原則的立場を主張してきた。①開放性、すなわち参加する意思のある経済主体全てに開かれていること、②実質性、意味のある自由化であること、③平等性、交渉ステータスが平等で相互に利益を享受できること、④漸進性、交渉範囲や自由化の程度を段階的に拡大させること、⑤包容性、異なる経済体の個々の事情や特殊性に配慮し、特に発展段階の低い国や小国に配慮し柔軟な対応をとることである。上記報道官の発言を見ると、「TPPやRCEPを含む-(中略)-提唱に開放的」と述べるとともに、「地域の多様性と差異性」、「開放、包容、透明の原則」、「貿易の実情や各国の国情」が強調され、さらに「高すぎる基準が途上国を排除することがないようにすべき」としており、実はこれまでの主張からそれほど離れたものではなく、直ちに中国の対TPP政策が転換したと考えるのは早計だろう。より正確に言えば、中国は以前から、こうした原則を前提にTPPに参加する可能性を常に念頭に置いていたと考えられ(2011年11月18日コラム「中国でにわかに高まるTPPへの警戒と関心」)、それが明確に示されたということではないか。ただ、最近の中国メディアの論評や学者等の主張を見ると、以下のような点から、ここへ来て、中国内の雰囲気が微妙に変化してきていることも見逃せない。

第一に、中国の参加しないTPPにアジア諸国を引き付ける力はなく、いずれ放っておいても自滅する(無疾而終)との見方に変化が見られることである。例えば、欧州の一体化が当初、英国が参加しない形でスタートしたが、結局一体化のメリットを評価して英国等多くの国が参加することになった歴史に着目し、経済大国が参加しないからその地域協力の枠組みが深化しないわけでは必ずしもなく、TPPも中国が参加するしないにかかわらず、参加国の交渉の駆け引きの結果として存在し発展していくことを強調する立場である。これは日本の交渉参加が確定し、参加国の規模が次第に大きくなるとともに、交渉がそれなりに進んでいる(あるいは、そのように見える)状況を目の当たりにしているという事情がある。

第二に、かつての冷戦時代の思考でTPPを排除することはもはや適当でなく、中国の利益にもならないとの認識が出始めている。中国では、昨年11月共産党大会での指導層交替と軌を一にするように、学界を中心に「大国関係論」が盛んに展開されている。そこでは、冷戦中の大国関係は分裂、緊張、対抗衝突によって特徴付けられ、誰が敵か明らか(敵我分明)な状態であったが、冷戦後は経済のグローバル化が進む中で大国関係は複雑・多様化しており、競争と協力が併存し、敵でもあり友でもある(亦敵亦友)との認識が示される。その上で、現在、中米関係が最も重要な大国関係であると明確に位置付けられており、外交政策面では、ハード路線とソフト路線の合理的な使い分け(剛柔相济)が大国外交として望ましいと論じられている。こうした大国関係論を理論的基礎にして、TPPは米国のアジア戦略であるので中国はこれに組みするべきでないといった単純な議論は、冷戦時代の古い発想だとの指摘が出始めている。先般の米中首脳会談でも、中国側より盛んに「‘対抗’ではない新しい大国関係の構築」について言及があった模様である。中国メディアも会議関連の報道で、最もこの点を伝えており、またその文脈の中で、TPPは、以前は米中の‘分岐’を生じさせる敏感な問題と見られていたが、この問題の‘氷を融かし’、新しい大国関係構築の契機に転化させるというシグナルが、両国から出てきているとの専門家の見方まで紹介している。

第三は、中国経済との関係だ。高齢化や環境汚染等が深刻化する中で中国経済は転換期を迎えており、労働力と資本の投入増によって粗放的な成長を遂げる時代は終わりつつある。これは中国内でもほぼ共通の認識になっており、今後より質の高い持続的成長に移行するためには、様々な市場化措置や国有企業の改革などを推進することが必要という点についても、総論では異論は見られない。問題は、中国ではこれら改革が様々な既得権益に衝突してなかなか進まないことだ。中国はTPPについて、これまで、環境規定や労働規約、あるいは国有企業の扱い等の面で、要求されている自由化の程度が高すぎ、それがまさに中国を意図的に排除しようとするものだと批判してきた。個々の国の発展段階や固有の事情に配慮すべきとの原則は主張しつつも、自らの経済が転換期を迎えているという認識が強まる状況下、TPPという言わば‘外圧’を利用して国内の経済改革を進め、転換期を乗り越えようとする‘改革重視派’の戦略も見え隠れしている。

※本稿は、毎日新聞社「週刊エコノミスト」2013年6月18日号(6月10日発売)に掲載した原稿を加筆修正したものである。

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