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中国都市化のコスト

2013年05月31日

金森 俊樹

中国では現在、2020年までを見越した「都市化中長期計画」を策定中で、今年中の公表が目指されている。その主たるねらいは言うまでもなく、成長パターン転換のための消費拡大である。伝えられている現時点(2013年5月)の草案では、2020年までに都市化率を80%にまで高めることとし、そのために総額40兆元(約650兆円)の支出が見込まれている。そして、京津冀(北京、天津、河北省)地域、長江三角洲地域、および珠江三角地域の都市群の整備改善、国際競争力の強化、環境・資源面で比較優位にある中西部にいくつかの大規模都市群を建設するとされている。しかし指導部は、見込まれている膨大な支出が地方政府債務の一層の増加、不動産バブルの再燃につながるのではないかとの懸念を有しており、今後草案は大幅に修正され、公表はかなり遅れるのではないかと憶測されている(以上、5月24日付一財網等)。

(消費拡大-農民工の待遇改善が鍵に)
消費を拡大するという政策目的を達成するための鍵となるのが、戸籍制度の改革である。国家統計局によると、都市に定住していても、実際には農村戸籍のままで都市戸籍住民と同等の公共サービスの提供を受けられない‘半城市人’と呼ばれる出稼ぎ農民工は2011年2.52億人にのぼり(2013年3月1日付アジアンインサイト中国都市化の鍵を握る土地改革)、その差別的状況が改善しなければ、都市での消費拡大は望みがたい。出稼ぎ農民工の農民工養老保険または城鎮職工養老保険への加入率は2008年10.7%、失業保険6.9%程度と、都市戸籍労働者に比べて著しく低い。医療保険加入率も、農民工医療保険、城鎮職工医療保険合わせて18.9%程度にすぎず(以上、‘「十二規劃」與中国経濟發展策略演变’張榮豊、原磊、呉明澤、中華経濟研究院出版社2013年3月)、非正規の‘地下医院’の顧客の大半は出稼ぎ農民工で、医療過誤も多発していると言われる。例えば北京市政府は、2010年以降、約1,000の地下医院を閉鎖させたが、すぐに近くで再び開業されるという状況が続いている(3月27日付ロイター北京電)。

こうした状況が生じている具体的な要因としては、以下が考えられる。
①地方政府側の要因:出稼ぎ農民工が都市の社会保障システムに加入した場合に、地域の学校、病院、その他の公共サービス施設への膨大な需要が発生し、大きな財政負担となる。
②企業側要因:例えば北京に所在する企業が、縁故関係等から、その求人広告に「北京の戸籍保有者に限る」といった差別的条件をつける例が多く見られる。そして社会保険の雇用者負担を嫌う企業は地下に潜り、そうした企業で、都市戸籍を持たない多くの労働者が劣悪な条件で働くことになる。
③出稼ぎ農民工側の要因:高い社会保険料を支払って、可処分所得、農村への送金額が減ることを嫌い、また、社会保障が地域を越えた統一的なシステムになっていないことから、地域を移動する農民工にとって、ひとつの地域で社会保険料を支払っても、移動してしまうとその恩恵を享受することができず、社会保障システムに加入するインセンティブが湧かない。

2008年に制定された雇用契約基本法等によって、出稼ぎ農民工も、城鎮養老保険・医療保険等の都市の基本的な社会保障に加入することができるようになったと言われているが、例えば、李克強首相が3月、就任直後の記者会見で、「出稼ぎ農民工が医療保険に平等にアクセスできるようする」と述べたことからも推測できるように、実際には社会保障制度が地方毎に細分化されており、戸籍と社会保障が密接にリンクしているという状況はなお変わっていないと推測される。より良い社会保障を農民工に提供しその‘市民化’を進めることは、戸籍制度を改革し、全国レベルでの統一的な社会保障システムを構築していくことと表裏一体と認識されている。

(膨大な‘市民化’のコスト)
上記①に関し、中国国家行政学院はどの程度のコストが必要となるかを暫定推計し、2013-20年の8年間、毎年必要となる新たな財政支出は2,261.38億元、総額1.8兆元(何れも2013年価格、約30兆円)との数値が伝えられている(5月11日付経済観察報等)。詳細な前提条件、推計根拠が明らかでないが、出稼ぎ農民工人口を約1.63億人とし、これを2013-20年の8年間で、毎年8分の1ずつに都市戸籍を与え‘市民化’していった場合に、毎年追加的に生じる財政負担ということのようである(同経済観察報)。言い換えれば、現在一挙に‘市民化’を行った場合に単年度で1.8兆元の財政負担増が生じるということに他ならず、これは現在の全国公共財政支出の14%強程度に相当する。2012年決算によれば、全国公共財政支出総額12兆5,700億元のうち、36%程度が社会保障関係に回されており、単純に上乗せすれば、現在の財政支出総額の5割以上の社会保障関係費が必要になる。1.8兆元の内訳は、教育809.9億元、養老保険補助938.13億元、最低生活保障155.07億元、保障性住宅13,783.68億元等で住宅関係が大きいが、基本的公共サービスの需要増加という意味でこれは最低ラインである。また同試算は、出稼ぎ農民工のうち都市戸籍を希望している者として1.63億人の‘市民化’を前提しているが、出稼ぎ農民工総数は上述の通り約2.5億人にのぼる。仮にこれらを全て‘市民化’するとなると、必要となる財政負担も1.5倍の2.7兆元程度となる。さらに試算は、すでに出稼ぎに出ている農民工のみを基にコストを試算しているが、2020年までに都市化率を80%にまで高めるという目標に従うと、今後さらに約4億人が農村から都市へ移動することになり、その市民化のコストも加算されることになる。

(参考)全国公共財政支出(2012年決算)

全国公共財政支出(2012年決算)

(資料)中国財政部統計より作成


(コストの分担-財政制度の改善が合わせて必要に)
いずれにせよ膨大となる財政負担を、どう合理的に分担していくかが大きな課題となる。同試算は上記1.8兆元のうち、中央が23%、地方が77%を負担し、地方負担分のうち65%を東部大都市、残りを中小都市が負担すべきとしているが、一般的に多くの地方政府、特に中小都市は、戸籍を広げることによって生じる財政負担に耐える余力はなく、結局中央からの財政補助に頼らざるを得ないだろう。財政制度を合わせて改革しなければ、戸籍制度の改革は困難であるというのが、中国の大方の専門家の見方でもある。中央から地方への転移支付(交付金)と中央が徴収した税の地方への払い戻し分は合わせて2012年4.54兆元で、地方固有の歳入6.11兆元に比し決して小さくはない。しかし多額の転移支付を受けとっている地方政府は、しばしば‘財政飯’を食べている公務員の数も多く、転移支付を大きくすれば‘市民化’が進むという単純な問題でもなさそうだ。広東省を例にとると、一人当たり財政支出は、2006年の全国6位から2011年20位へと傾向的に低下しているが、これは中央からの転移支付が戸籍にリンクしていることと関係しているという。例えば、毎年340万人以上の農民工子女の義務教育費に200億元以上の財政支出が必要だが、中央からの転移支付は都市戸籍が基になっているためきわめて少ない一方、広東省とは逆に、人口が流出傾向にある一部地域の転移支付は増えているという問題がある(以上、5月9日付経済参考報)。転移支付額を決めるにあたっては、中央と地方、都市と農村間の負担調整、各地方の財政の透明性、とりわけ地方間の転移支付、すなわち人口流出地方から流入地方への財源の移転をどう進めるのか(流出地方の土地収益財源を中央が吸い上げ、流入地方の市民化財源として再配分する等の仕組み)の検討が合わせて必要になってくるだろう。

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