新株価指数導入に向けた議論活発化?

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2013年05月15日

  • 吉井 一洋

最近、いくつかの新聞において、TOPIXと並ぶ新株価指数の導入に関する記事が報道されている。報道されている新株価指案には、大ざっぱに分けると下記のものがある。
①グローバルに投資対象となりうる企業に対象を絞った株価指数
②日本の現在の産業構造にマッチした株価指数
③ROE(自己資本利益率)等の高い企業に対象を絞った株価指数
①に関しては、先般の衆議院選挙の際に自由民主党が公表していた「J-ファイル2012総合政策集」の中で東京証券取引所(以下、東証)「グローバル30社」インデックスの創設が提案されていた。その趣旨については、「経営者、ガバナンス、開示、パフォーマンスでわが国のトップ30企業を選定し、その時価総額上昇を狙う」(「J-ファイル2012総合政策集」40の注釈)旨が述べられている。
 ②に関して、大和総研金融調査部が執筆した「失われた20年~資本市場停滞の要因(全体版)」(2012年11月7日)(※1)では、株式市場が第二次産業に偏っており、第三次産業のウエイトが高まっている日本経済の姿を正しく映す鏡となっていない旨を指摘している。報道によれば、当局関係者からも、同様の懸念に基づいて、日本経済の姿と映す鏡となるような指数を導入すべきとの意見が示されているようである。
 ③は、ROE等の業績指標の良好な収益力の高い企業に対象を絞った指数を想定しており、4月下旬以降、頻繁に新聞報道されている。報道によれば、対象企業は300~500社で、2013年中にも新設するとされている。

東証が属する日本取引所グループの2013~15年度の中期経営計画を見ると「投資魅力の高い上場会社で構成される新指数の開発、算出」を2013年度中に開始することとしている。計画自体には明記されていないが、対象銘柄数は、機関投資家のポートフォリオの組みやすさを念頭に300~500社程度を想定しており、ROE等を指標とすることも一つの選択肢として検討している模様である(※2)
仮に、ROE上位企業を指標とした場合は、毎年対象銘柄が大きく入れ替わる可能性もあり、指数の継続性などの点で課題が残る。収益力を図る上でROEやROIC(投下資本利益率)などの指標は重要であるが、企業の経済的価値の増加という観点からは、これらが資本コストを上回っているかどうかも見る必要があろう。
欧米での、株主中心主義への批判の高まりを受けて、わが国でも株主・投資家以外のステークホルダーをもっと重視すべきとの意見が出てきており、ROE重視への批判もあるが、そもそもわが国では、ステークホルダーの中で、株主や投資家はそれほど重視されてこなかった。あるアンケート調査では、回答企業(おそらくはIR担当者)の3分の1以上がROEを意識していないと回答し、半数近くがROEやROICが資本コストを上回っているかについて「意識ない」と回答している(※3)。投資家の力が強い欧米(英米)とは異なるわが国の実状を考えると、銘柄の入れ替えの問題に対応しつつも、ROEやROIC、資本コストなどを考慮した指数を導入することには意味はあるものと思われる。

ただし、単にROE等のみに基づくのであれば、わざわざ指数化せずとも、データベースを用いてランキングを行えばよい。指数化を意味のあるものにするためには、パフォーマンスだけでなく、①の案で述べられているそれ以外の要素(経営者、ガバナンス、開示)も考慮することが望まれる。
この点について、筆者は以前、株式市場の制度的な見直しの一案として、東証に、より高品質な企業(上場株式)に対象を絞った新市場を創設することを提案した(※4)。東証1部の上場企業であっても、資金調達や自社株買いを行わず投資家を意識した企業経営を行っていない企業も多数ある。そこで、上場基準を株式という上場商品の品質管理基準と考え、コーポレート・ガバナンス、会計基準、議決権行使の環境整備の面で、一定の要件を満たす企業に対象を絞った新市場を創設すると共に、当該市場を対象とした指数を導入することを提案した。市場を区分する(あるいは指数を作る)ことで、投資家が上場株式の品質面の把握にかける手間や時間を省略するとともに、発行会社にもガバナンス等の面での改善を促すことを期待してのものである。
アベノミクス効果により株価は急上昇していることは、証券系シンクタンクに身を置くものとしては非常に喜ばしいことである。その反面、株価の上昇は、積み残した制度的な課題を覆い隠してしまう側面もある。株価が低迷している局面では、制度的な見直しの要請は強く、資本市場における問題点は、会社法、金商法、会計・税制などにわたって幅広く検討され、一部は実施されてきた。しかし、現在のように株価が一斉に上昇している局面では、制度的な問題に対する市場関係者の関心は低下し、とりわけ、コーポレート・ガバナンスや会計・ディスクロージャーなど、発行企業にとって負担を伴う制度面での課題への対応をあえて行うことは回避される可能性がある。それでは将来に課題を積み残すことになる。新市場の創設のハードルが高いのであれば、パフォーマンスのみならずガバナンスや会計・ディスクロージャー等の要素も組み入れた指数を取引所自身が開発・算出することで、企業の自主的な対応を促すことを期待したいところである。

なお、②の産業構造を映す鏡としての「指数」も重要な課題である。しかし、上場企業の業種構成と異なる指数を東証が作成した場合、東証が特定の業種を後押ししている印象を与えることになる。そのような印象を与えない客観的な選別基準を検討する必要がある。

(※1)「失われた20年~資本市場停滞の要因(全体版)」46~47頁
(※2)さらに、昨日(2013年5月14日)、日本取引所グループ・東京証券取引所と日本経済新聞社の間で、新株価指数の共同開発を進め、現物株市場の統合時期の7月(予定)を目途に骨子を固め、年内の算出開始を目標とすることに合意した旨が公表された。現物株市場(東証1、2部及びマザーズ、大証1、2部及びJASDAQ)を対象に、資本の効率的活用や持続的な企業価値向上の観点のほか、グローバルな投資基準に求められる定性的要素など、幅広い観点からの分析を踏まえて、銘柄選定や算出のルールを練り上げる方針としている。
(※3)「持続的な企業価値の創造のためのIR/コミュニケーション戦略に関する実態調査」(株式会社アイ・アール・ジャパン 2013年1月22日)
(※4)「東証により高品質な新市場創設を‐東証プレミアム市場創設の提案-」(月刊資本市場2012.6(No.322))。親会社・支配株主が存在せず独立取締役2名以上、会計基準としてIFRS適用、議決権行使の容易化などを要件とする。

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