もう緊縮には飽きた?

世界的な経済政策の方向転換

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2013年05月10日

  • 大和総研 顧問 岡野 進

IMFのラガルド専務理事は4月19日、英国は緊縮財政措置のペースを調整する必要がある時期にさしかかっている可能性があるとの見解を示した。これは英国経済の回復が英国政府やIMFのこれまでの見通しを下回っており、こうした状態では財政赤字削減ペースを緩めた方がよいというものだ。IMFは世界経済見通し(4月17日)の中で英国の2013年および2014年の成長率見通しを0.3%ずつ下げ、それぞれ0.7%と1.5%へと下方修正していた。

英国の財政赤字削減戦略のペースは毎年国民所得の1%ということであるが、IMFはこれを緩めるべきだとしている。うがった見方をする向きは、本命は米国ではないか?とみているようだ。米国は大統領と議会のねじれ現象のもと減税と支出削減を求める共和党と大統領が対立し、それが「財政の崖」といわれた意図せざる財政緊縮にもつながってしまっている。

クルーグマン氏は5月6日付のニューヨーク・タイムズのコラムで、経済が弱い中での財政緊縮を痛烈に批判して、「財政支出の削減は信認の回復によって実際に雇用を増加させるという主張は崩壊し、財政赤字には持続可能でなくなる水準=レッドラインがあるとする説は単なる数学の誤りだった」とした。後段は、財政債務残高がGDP比90%を超えると持続可能でなくなるという分析を行ったラインハルト=ロゴフの論文(2010年)について、データの扱い等に問題ありとする指摘が最近出てきていたことを念頭に、皮肉をこめて書いたものだ。そのうえで財政支出拡大への方向転換の最大の障害は、「民主党政府には刺激策で景気転換させる能力がないという冷笑的態度(Cynicism)」と指摘している。

イタリアはレッタ政権の誕生(4月30日)によって、緊縮一辺倒からの転換を打ち出した。それに対して一定の金融資本市場からの支持を得ているといってよいのではないか。実際にレッタ政権誕生以降、イタリア国債利回りは低下しており直近では4%を切るまでになった。まだ財政赤字に対する信認プレミアムが付いている状況ではあるが、一昨年末から昨年初にかけての7%近辺であった状況からみれば事態は相当に改善している。昨年前半の段階では財政健全化の方向を強く打ち出せなければ、市場の信認を失って、欧州危機はさらに深刻化の度合いを高めていたかもしれない。しかし、国債利回りがかなり低下して安定的となった現在、ここで求められてきているのは、実際に景気の回復から税収の増加を図っていくような前向きの政策展開だろう。

日本の「異次元の金融緩和」と公共投資増加の方針は、そうした世界のマクロ経済政策転換の流れに沿うものである。また、大胆な金融緩和の表明は日本では市場に漂っていた冷笑的態度を一変させることができた。期待への働きかけの効果は大きいが、同時に実体をともなった経済成長を実現させる民間投資の喚起がますます必要となってこよう。

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