全人代に見る中国経済成長率目標

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2013年03月08日

  • 金森 俊樹

現在北京で開会中の中国全人代における政府活動報告で、2013年の経済成長率として「7.5%左右(前後)」という数値が発表された。昨年の党大会で示された「10年間でGDP倍増」に必要な平均年率成長7.2%程度、昨年実績の7.8%等を踏まえた大方の事前予想通りで、特に内外で驚きをもって受け止められてはいない。中国に限らないが、政府が発表するこうした数値は、こうなるであろうという予測的な数値なのか、達成したいという目標値なのか、必ずしもその性格は判然としない。政府活動報告では「預期目標」という用語が使われてきており、強いて訳せば「予測的目標」ということになる。通常中国の場合、内外で目標値と認識されていることが多いように思われるが、厳密には予測値と目標値の中間的なあいまいな位置付けにしており、仮に達成されなかった場合でも批判をかわせる余地を残している。今回の数値そのものについては、中国内の多くの識者は、現下の世界経済の状況、中国経済自体が転換期にあることから考えて、現実的・プラグマティック(実事求是)であること、すでに中国経済は7-8%程度の成長が常態になっており潜在成長率に沿ったもの、これ以上の成長を求めて経済を刺激することは、それに伴うコストの方が大きいと肯定的に受け止めている(3月5日付経済参考報等)。

日本では、中国当局が目標成長率を抑え目に設定し始めたとの見方が多いように思われるが、実は2001年以降、全人代で出された予測目標値は一貫して7-8%程度(七上八下)である。2011年までは、実績が予測目標値を大きく上回る状況が続いたが、昨年、目標値7.5%をわずかに上回る実績7.8%となり、状況が大きく変化した。2011年までは、おそらく実際には8%を大きく超える成長になると見込んでいたが、あえて抑え目に予測目標を設定し、超過達成を誇示しようとしたものだろう。それとの比較で考えれば、昨年来、特に2013年は、同じ「七上八下」でも、もはやそれほど高い成長は望めない(あるいは適当でもない)という認識にもかかわらず、この程度の成長は確保したい、あるいは、所得格差の拡大等様々な社会不安要因を抱える中で、国民にある程度の水準の成長率は提示せざるを得ないという考えから出てきたものと思われる。その意味で、「7.5%左右」は抑え目というより、むしろ当局からすればかなり高めの数値を示したとも理解できるのではないか。この点は、消費者物価上昇率(CPI)目標からも推測できる。2013年CPIは3.5%以内に抑えるとされている。これは昨年の4%以内という目標に比べれば厳しいものの、足元やや物価上昇圧力が再燃していることもあろうが、昨年実績の2.6%に比べれば、むしろ成長に配慮して緩めに設定したものと見ることができる。

グラフ成長率目標・実績

(資料)中国国家統計局、新華財経の資料より大和総研作成

このため、中央政府がこれまでの投資・輸出主導の高成長から、より質の高い安定的かつ持続的な成長に転換させようと考えているとしても、そのメッセージは、なお高めの成長率を志向する地方政府には伝わり難くなっている。各地方政府は、全人代に先駆け、各地の両会(地方人代・政協会議)でそれぞれの成長率目標を設定しているが、31の省区市のうち、上海を除く全ての省区市で7.5%を上回る目標値、うち24が10%を超える目標値となっている。最も目標値の高い貴州(14%)、および黒龍江省(11%)は固定資産投資目標として30%、また山西・遼寧・河南・陝西等19の省区市も20%以上の投資伸びを見込んでおり、地方レベルでは引き続き、これまでの投資主導での成長パターンから抜けきれていないことが明らかとなっている。12%を超える目標値を設定している11の省区市のうち9は中西部であり、目標値は基本的に西高東低である。

各地方政府が掲げるこうした高めの成長率目標値も、実は山西、遼寧、四川、海南、内蒙古、河南、重慶等、2012年の目標値より下げられているところが多く、平均では2012年の目標値10.28%に比し2013年は9.92%となっている。この主たる要因は、2012年目標を達成できなかった、あるいは実際に成長率が落ちた地域があるということであろうが、全人代で発表される全国ベースの目標値が2012年からさらに下げられるのではないかとの予想も働いていたのではないかと推測される。そうであれば、今回、全人代で目標値が下げられなかったことは、投資主導で高めの成長率を志向する地方政府からすれば、その方向性がいわば正当化・追認されたということになるのではないか。相対的に遅れている中西部はなおインフラ需要が強く、また住民の成長への願望も沿海部等に比べ強い。地域格差、所得格差の是正を掲げる中央としても高めの成長率を容認せざるを得ず、またこれまでと異なり、全体の目標値の達成もそう簡単ではなくなりつつある状況下では、むしろ投資主導で地方が高成長を続けることに依存して、全国ベースでの成長目標を達成せざるを得ない。仮定の話になるが、もし全国ベースの予測目標値を昨年比0.5%でも下げて7%程度としたならば、おそらくその地方へのインパクトは相当異なったものになったのではないか。たかが0.5%の差であるが、その意味は大きいものになったように思われる。中国経済にとって、社会不安を生じさせないある程度の成長率を維持しつつ、成長パターンの転換を図ることはなかなか容易ではないということだろう。

グラフ(地方成長率目標)
(資料)中国各種報道より大和総研作成

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