財政赤字のファイナンスとヘリコプター・マネー

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2013年02月20日

  • 小林 卓典

中央銀行が国債を引き受けて財政赤字をファイナンスすることは、財政規律が緩んでインフレが高進し、場合によってはハイパー・インフレに発展するとして、先進国では禁じ手の政策とされている。いったんこれに手を染めれば、政府は打ち出の小槌の魅力に負けて、結局は政府債務の拡大に歯止めが利かなくなるこということだろう。しかし、開発途上国の中には中央銀行による財政赤字のファイナンスが恒常的に行われている国もある。

例えば、アジア最後のフロンティアとして脚光を浴びるミャンマーでは、財政赤字の貨幣化が常態化しており、その結果、中央銀行が保有する資産のほとんどが対政府信用となっている。ここ数年は、国債の市中消化もある程度行われているようだが、課税ベースが極端に狭いために税収が大幅に不足し、かつ国債市場が未整備なことによって、今はまだ中央銀行による国債の引き受けが必要なのである。

もちろんこのような状況は改めねばならず、ミャンマー政府も金融市場の育成や先進国のような中央銀行の制度設計に動き出している。しかし、少なくともハイパー・インフレを招いていないという意味で、ミャンマーのうまくコントロールされた財政赤字のファイナンスに妙に感心したりもする。

翻って日・米・ユーロ圏など主要先進国の状況は、財政赤字の削減が優先課題となり、必然的に金融政策に頼らざるを得なくなったが、残された手段は中央銀行のバランスシートをどこまで拡張させるかという量的金融緩和だけとなった。しかし中央銀行が国債購入を増やして量的緩和を積極化することは、物価目標を達成するため、経済成長を回復するため、あるいは国債市場を安定化させるためであっても、究極的には財政政策と金融政策が一体化することに他ならない。実際に中央銀行が量的緩和をどこまで進めれば財政赤字のファイナンスと見なすべきかどうかの線引きは極めて難しい問題である。

英国ではバンク・オブ・イングランド(英中央銀行)の総裁候補になったFSA(金融サービス機構)のターナー長官が、経済成長の回復が実現されない英国の現状に対し、中央銀行の財政赤字ファイナンスを容認する発言を行った。このいわゆるヘリコプター・マネー論を巡り、このところフィナンシャル・タイムズ紙上で論争が繰り広げられている。

またターナー長官は、日本が過去20年間に政府債務のマネタイゼーションを行っていれば、より高い名目成長率、物価上昇率、実質産出水準、より低い政府債務のGDP比が実現されていたはずだとしている。

こうした考え方にはもちろん強い反対があるだろう。しかし、禁じ手をあえて正面から論じること自体は排除されるべきではない。これも非伝統的金融政策の一つのあり方だからである。


ターナー発言の詳細については、以下の論文を参照
ADAIR TURNER, February 2013,“DEBT, MONEY AND MEPHISTOPHELES: HOW DO WE GET OUT OF THIS MESS?”

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