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「安心・安全」か?「刺激と挑戦」か?

2013年02月06日

奥谷 貴彦

ニューヨークや東京に住みそれらを比較して感じたことがある。それは感覚的なものなので錯覚かもしれないが、ビジネスや芸術、社会活動の多岐にわたって、人々が前向きに創造的な挑戦をしている地域は概して治安が悪いような気がすることである。それは実際に犯罪率が高いというものではなく、道を歩いている時に感じる何かしらの不安である。

例えば、いきなり外国の話で恐縮だが、ニューヨークと一口に言っても地域によって感覚的な治安の状況は異なる。観光客が多く訪れるマンハッタン島の中においても、高級住宅街のアップタウン、高層ビルが立ち並ぶオフィス街のミッドタウン、レストランやバー、アパレル店舗など様々なビジネスと古い住宅が混在するダウンタウンとその土地柄に合わせて治安は大きく異なる。例えばダウンタウンのプロジェクトと呼ばれる公営住宅の周辺では怖そうな人が何をするわけでもなく歩道でぶらぶらしており、人通りもまばらで不気味な雰囲気がある。一方、アップタウンの高級住宅街やミッドタウンのオフィス街には身なりが良い人が多く、一般的な「華やかなニューヨーク」というイメージに近いだろう。

しかしながら、地域の魅力という点では異なってくる。例えば地元の人に人気のおいしいレストランはダウンタウンに多い。雰囲気が良いバーも同様にダウンタウンに多いと思う。ファッション産業の拠点になっているミートパッキングディストリクトという地区もダウンタウンに近接しており、おしゃれなレストランやバー、アパレル店舗が充実している。最近では巨大なグーグルのニューヨークオフィスもこの地区に完成した。シリコンアレーと呼ばれ、起業が活発なSOHO地区もダウンタウンにある。ダウンタウンでは新しい取り組みがビジネスに限らず活発に行われる文化があり、例えば芸術においては前衛芸術の発信地にもなっている。モダンアートが活発であり、音楽ではニューヨーク・パンクやジャズの発信地になっている。かなりレベルが高いストリート・ミュージシャンに遭遇する確率も高い。歩行者で信号を守る人はあまりおらず、車道では自転車やスケートボードも目立つ。良い意味でも悪い意味でも「刺激と挑戦」の地域であると言えるかもしれない。

一方のアップタウン・ミッドタウンは保守的な土地柄である。芸術においてはオペラやクラシックが盛んである。ビジネスにおいてはベンチャー企業ではなく、旧来型のビジネスに成功しているテレビや新聞、出版社、金融機関が拠点を持つ。レストランではミシュランの3つ星を取るような高級フレンチやステーキハウスなど古風な店の評判を耳にする機会が多い。あっと驚くようなことが起こったり、体験したりする場所ではないように思う。ストリート・ミュージシャンなどもあまりおらず、均質な高層ビルとマンションの風景が続く。ぶらぶら歩いて楽しい町という印象はない。そのかわり治安が良く、ダウンタウンで歩いている時のような緊張感からは解放される。一度は住んでみたい、「安心と安全」の地区だと思う。その良質の文化・治安水準と引き換えに、何をやってもいいという雰囲気はない。レストランではテーブルマナーに十分に気をつけるべきであるし、オペラの公演中はジャズやロックと違い、素晴らしいと思っても勝手に歓声を上げるべきではない。車道をスケートボードで走り回っていれば奇異の眼差しを向けられるだろう。こちらの地区は「安心・安全」の地区と言えるかもしれない。

筆者がニューヨークから東京に引っ越して、まず感じたのは「安心・安全」である。それはちょうど、日常生活から解放されて温泉街に来たような感覚と似ていた。安心して安全な生活を送ることができる地区が多い。高級住宅街に限らず、治安が良いと感じる地区が多い。東京に長く住んでいないので何も知らないだけかもしれないが、歩いていて不安に感じたことはあまりない。しかしながら、「刺激と挑戦」という意味では何か物足りない印象を受けている。

「刺激と挑戦」を感じさせる雰囲気があるのは、渋谷だろうか。近年治安は良くなっているが、東京の「ダウンタウン」と言えるだろう。前回のコラムでも書いたが、渋谷はビットバレーと呼ばれ、先進的な事業を運営するベンチャー企業が拠点を構えている。芸術や音楽の分野ではギャラリーやライブハウス、クラブなどで世界でも最先端の前衛的な試みがされている。渋谷の隣には東京の「ミートパッキングディストリクト」とも言える、ファッション産業が盛んな青山地区が近接している。青山地区は雰囲気の良い新進気鋭のレストランや美容院、アパレル店舗が多い。

「安心・安全」を追求するには今あるものを良しとして、守りの姿勢で臨まなければならないと思う。「和をもって尊しとなす」の発想で、ある程度は和を乱す行為や発想を封じる必要があるだろう。政策で例えるなら地方都市の東京化とも揶揄される、地方での公共事業などがその一例である。一方、「刺激や挑戦」を追求するには今あるものを否定し、新しいものを肯定する攻めの姿勢で臨む必要があるだろう。例えば規制改革や行政改革、大胆な金融政策である。このような2つの相反するとも言える方向性を同時に追求することは困難であるかもしれない。今回は筆者が実際に住んでいたニューヨークと東京だけを比較しているが、同じ都市、地区の中においても「安心・安全」の地区と「刺激・挑戦」の地区で分かれているというのは、改めて考えると興味深くないだろうか?

あらゆる場所で隈なく「安心・安全」を極端に優先すると、人間が本来持つ生存本能や闘争本能(アニマル・スピリット)が抑制され、いきいきとした人生が送れなくなるかもしれない。逆に、「刺激・挑戦」の一辺倒では疲れてしまい、不安ばかりが増幅してしまう場合もあるだろう。失われた20年を越えて、日本は岐路に立っており、今後の政策においては「安心・安全」と「刺激と挑戦」のバランスが必要であると考えている。

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