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裁判員制度の由緒

2009年07月01日

原田 泰

裁判員制度は普通の市民に負担をかけるとして、一般に評判が悪いようだ。しかし、一般市民が判決をするという陪審制は、資本主義と民主主義の発展に重要な意味を持ったといわれている。陪審制の起源には諸説があるようだが、マグナ・カルタ(1215年)は、貴族たちの、その仲間からなる陪審の判決によるのでなければ処罰されないという権利を宣言しているという。その方が、国王の代官である裁判官(三権分立以降、国王の代官ではなくなったが)よりも公平な裁判ができると考えられたからである。貴族や有力者の権利は、次第に市民一般の権利とされるようになった。
中世の国王は、臣民にいちゃもんをつけてその財産を奪ったり、無実の市民を気に入らないという理由で罪に陥れたりもしていた。そのような状況では、自分もいつ被告の立場になるかもしれない一般市民が判断することによって、権力の恣意が避けられるというのである。その結果、人々の所有権は安全となり、言論や思想は自由となり、資本主義と民主主義が発展したというのである。
アメリカ独立宣言でも、イギリス国王が「多くの事件で、陪審による裁判の利益を奪った」と非難している(陪審制度の歴史的経緯については、丸田隆『アメリカ陪審制度研究』法律文化社、1988年とウィキペデイアによる)。ハリウッド映画の『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』でも、イギリス国王が陪審裁判の権利を奪ったことを非難している。
裁判員制度とは、このような由緒を持つ制度だ。権力の恣意を避けるということであれば、刑事裁判だけでなく行政裁判にも適応してしかるべきだと思うし、また、被告が陪審裁判を受ける権利を保障すべきだと思う(現在の裁判員制度では、裁判員の裁判にするかどうかを被告は選べない)。ジュリア・ロバーツの主演した『エリン・ブロコビッチ』でも、化学会社の環境汚染を訴える住民たちが陪審による裁判を希望するシーンがある(実際には、和解で350億円を勝ち取った)。だが、まずは始まったばかりだ。このような由緒を持つ制度であれば、資本主義と市場経済擁護のエコノミストである私としては賛成しない訳にはいかない。

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