欧米金融業界の高報酬は“スーパーバブル”だったのか?
2009年03月04日
欧米では、経営に行き詰まり、政府の支援を受けた金融機関の経営陣が桁外れの報酬を受け取っていたことが物議を醸している。欧米金融界の高報酬ぶりは経営陣に限ったことではなく、雇用者の平均報酬も際立って高かったことは周知の事実であろう。
しかし、これは1980年代以降の現象である(ちなみに、オリバー・ストーン監督の映画『ウォール街』の公開は1987年)。下のグラフはアメリカの金融業とその他の産業の一人当たり雇用者報酬の比率であるが、70年代までの金融業の雇用者報酬は他産業より10%強高い程度で、突出した高報酬ではなかった。それが、80年代に入ると突如として上昇を始め、2007年には約2倍に達している。この劇的なグラフは、80年代前半に金融業に生じた質的変化が高報酬の源泉であることを示唆している。その「源泉」だが、80年代前半という時期から、レーガン政権以降のアメリカで進められてきた規制緩和であろうと見当が付く。
資産市場が活況を呈するほど、金融業界の収益は拡大する。そして、高レバレッジ(≒多額の借入)が可能になるほど、資産市場に流れ込むマネーは増大し、新たな参加者が引き寄せられる。そのため、金融業界には、「レバレッジを高めて資産取引を過熱させることで収益拡大」というインセンティブが働く。実際、80年代後半の日本のバブルの背景には銀行貸出の急増が、近年の世界的バブルの背景には金融工学を駆使したデリバティブ市場の急拡大があった。これで報酬が歩合給(成功報酬体系)なら、「本来なら住宅を購入できない低所得者にサブプライムローンを組ませれば、自分が大儲けできる」というような空気が金融業界に広がっても不思議ではない。規制がなければ、金融業界(人)がこのような誘惑に抗うことは難しいだろう。
最近、この仮説を裏付ける論文“Are bankers paid too much?” (by Thomas Philippon)が発表された(紹介記事がNYTやThe Economistにある)。それによると、金融業の報酬は規制の強弱と関係しており、規制が緩い20年代と80年代以降は高く、厳しい30-70年代は低かった。近年の金融業の高報酬は、規制が過度に緩和されたことによる超過利潤だったという。(金融業の高報酬化が、その他の産業の経営陣に波及したことが、一般従業員との所得格差拡大の一因になったとも考えられる。)
金融業界が利益追求にのめり込んで投機ブームがおこると、最後はバブル崩壊に至り、金融システムだけでなく、経済活動そのものが機能不全に陥りかねない、というのが30年代の世界恐慌の教訓である。そのため、金融業界が投機的ビジネスにのめり込み過ぎないように、グラス=スティーガル法など様々な規制がかけられた。ところが、大恐慌の記憶が薄れてくると、恐慌防止のための規制が無意味で窮屈なものに見えてくる。そこで、金融業界が自由で創造的に活動できるようにと規制緩和が進められたのだが、その結果、80年前の繰り返しが懸念される事態となっている。
市場原理主義(market fundamentalism)に批判的な著名投資家のジョージ・ソロスは、現在の世界的金融危機を、「1980年代前半から続いたスーパーバブルの崩壊」と評しているが、市場原理主義とスーパーバブルの黄昏とともに、金融業界の「高報酬バブル」も崩壊する日が来たのだろうか。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
関連のレポート・コラム
最新のレポート・コラム
-
世界に広がる政府債務拡大の潮流と経済への影響
大規模経済圏を中心に政府債務対GDP比は閾値の98%超で財政拡張効果は今後一段と低下へ
2025年10月06日
-
議決権行使における取締役兼務数基準の今後
ISSの意見募集結果:「投資家」は積極的だが、会社側には不満
2025年10月03日
-
2025年8月雇用統計
失業率は2.6%に上昇も、均して見れば依然低水準
2025年10月03日
-
大和のクリプトナビ No.4 ビットコインは「デジタル・ゴールド」か?
一定の妥当性はあるが脆弱性が残る。制度の整備や需要の多様化が鍵
2025年10月02日
-
米国の株主提案権-奇妙な利用と日本への示唆
2025年10月06日