IT業界の成長と成熟

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2008年06月30日

  • 小原 誠
最近日本のIT業界は、新3K(きつい、厳しい、帰れない)とも揶揄され、就職先としての人気が高くないようである。この傾向は業界の有識者には意外だったようで、長時間労働でも達成感と顧客満足があれば苦にならない、などの反論が出されている。その反論がさらに議論を呼んでいるようであるが、達成感や顧客満足と、技術者の業務の関係について少し考えてみたい。

ある調査によれば、日本企業のIT支出のうち、新規開発などのIT投資の割合は20%に過ぎず、80%は既存システムの保守・運用のための固定的費用であり、かつ新規開発投資の比率は低下傾向だそうである。確かに既存業務のIT化は一巡し、大規模新規開発の案件は減っている。金融機関の大規模レガシーシステム統合が話題であるが、これはどちらかと言えば保守・運用業務に近い。

手作業の業務プロセスをITで置き換えるような新規開発業務であれば、IT導入効果は大きく顧客の満足度も高い。知的創造性が要求される業務であり、技術者の達成感も大きいと思われる。しかし、保守・運用業務は、既存システムの機能追加や不具合の修正、定常稼動を確認するような業務である。そこで要求されるのは知的創造性よりも正確性や安全性であり、顧客も完遂して当然といった評価である。また、保守を繰り返すと既存システムが肥大化し、さらに保守業務が増加するという悪循環に陥る。そうなると、既存システムに影響するリスクのため、新技術の導入には保守的になっていく。

このような技術者が達成感や魅力を感じにくい業務が多い現状では、就職先としての評価も期待できないのではないだろうか。

しかし考えてみれば、製造業でも金融業でも、新商品開発などで脚光をあびるのは一部の部門であって、大半の社員は、保守・運用業務のようなルーティンワークに従事しているのである。だからIT業界の人気が高かったのは、新規開発の割合が高かった古き良き成長期であり、現在は業界が成熟して普通の業界になっただけとも言える。

一方で中国のIT業界は成長期を謳歌している。人件費上昇の対策として、新規システム開発の効果は高く案件は多い。保守・運用すべきレガシーシステムがそもそも無いので、最新技術を自由に駆使して新規開発に邁進できる。IT業界の人気は高く優秀な人材の宝庫である。

古き良き日本の姿がそこにはあるとの意見は多いが、それを懐かしむだけでは当然いけない。

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