経済再生は錬金術に学べ!

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2004年11月08日

  • 高橋 正明
「人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためには同等の代価が必要になる。それが錬金術における等価交換の原則だ」。これは、人気アニメ『鋼の錬金術師』(放送終了)の冒頭で語られていた台詞である。歴史上の錬金術が目指したように、鉄や鉛を金に変えられるのなら、これほど楽しいことはない。しかし、それはあくまでも空想世界の話であり、現実世界では何かを得るためにはそれ相応の代価を支払わなければならないことは誰もが知っている。都合がよすぎる錬金術を、等価交換(質量・エネルギー保存則?)なる概念で現実世界と調和させた斬新な設定が、このアニメがヒットした一因だろう。

さらに深読みすれば、代価を支払わずにベネフィット(便益)を受けている人、すなわち「自分が支払うべき代価を他人に支払わせている」人が現実世界で目に付くからこそ、自分自身で代価を支払う登場人物たちへの共感が強まり、物語が魅力的に見えるのかもしれない。

代価を他人に支払わせることを正当化してしまっているのが、現行の社会保障制度である。年金・高齢者医療・介護保険は、現役世代からの所得移転を主な財源として、高齢者が給付を受ける仕組みである。この原型は「成長した子が親を扶養する=親は産み育てた代価として子から金銭やサービスを受け取る」ことだから、本来なら、子の数を減らした世代への給付は減るはずだし、自ら「子はいらない」とした人には給付を受ける資格はないはずである。しかし、現行制度は「産み育てた子の数に応じて給付が増減する」という「等価交換の原則」に従っていないため、結果的に、高齢者世代が支払うべき代価を現役世代が立て替えることになっている。若者の不信・不満が高まっても仕方がない。

これ以外にも、
・「なぜ働かなければならないのか」と問う若者(食費は誰が支払っているのか?)
・年間1兆円以上のたばこが原因の医療費を非喫煙者も負担する医療保険制度
・都市から巨額の所得移転を受ける地方※1 (日本の地域間所得移転の規模は主要国の中でも突出している)
など、「等価交換」の観念を欠いた人々や制度は、労働力減少、医療保険財政圧迫、都市型産業の成長阻害などの形で日本の経済社会に負の効果を与えている。

物語の冒頭、死んだ母親の命を錬金術で再生させようとした主人公は、引き換えに自らの肉体(の一部)を失った。「等価交換の原則」を再認識し、自ら代価を支払う制度を再構築しなければ、日本は未来を失うことになるだろう。※2

※1 この論点については、増田悦佐『高度経済成長は復活できる』(文春新書)が詳しい。また、原田泰『1970年体制の終焉』『都市の魅力学』も参考になる。
※2 「代価を支払わずにベネフィットを受けられる」という人類の夢を堂々と掲げていた共産主義国家は、15年前に崩壊している。

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