大学発ベンチャー主導型の起業家社会

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2004年06月04日

  • 鈴江 栄二
アメリカのインターネット検索ビジネス大手のグーグルが今年夏にIPOを行うと報道された。時価総額は250億ドルと想定されており、既上場類似会社のヤフーの5月末時価総額430億ドルから見ると巨大なIPOといえる。注目されるのは両社の創業者はともに創業時に大学院生であったことである。

伝統的に起業家精神が旺盛なアメリカでは、ヒューレット・パッカード、デル、シスコシステムズ、ネットスケープ、ジェネンテックなど世界的な企業が大学発ベンチャーとして創業し成長を遂げてきた。大学研究者や大学生があたりまえのように起業を目指し成功することは、社会全体の起業家精神の高揚を促進することは容易に想像できる。

アメリカの著名な経営思想家P.F.ドラッカーは20年前の著作「イノベーションと起業家精神」の中で次のように指摘した。「今日アメリカで起こっていることは起業家経済への転換である。毎年60万社が新たに設立され、これは1950年代や60年代の7倍に相当する。起業家はイノベーションを行う。われわれが必要としているのは、イノベーションと起業家精神があたりまえのものとして存在し、常に継続していく社会である」。これにさかのぼる20世紀初頭の経済学者シュンペーターは「経済発展の担い手はイノベーションを遂行する企業者である」と指摘した。また彼は50~60年を周期とする長期の景気変動「コンドラチェフの波」に注目し、その動因を技術進歩(イノベーション)と捉えた。この長期波動は20世紀の末期に上昇期を迎えると言われてきた。これらの指摘を実践するかのように、1970年代から80年代前半に国際競争力を失ったアメリカは、1990年代にインターネットビジネスの開拓によるIT産業革命を先導し、競争力の復活を実現した。ヤフーやグーグルは、イノベーションと起業家精神の象徴的な成功事例といえる。

20年前にアメリカで指摘された「イノベーションと起業家精神があたりまえのものとして存在」することは今日の日本に最も必要なことと思える。欧米へのキャッチアップにより高度成長を遂げ成熟期を迎えた日本経済にとって、フロントランナー型経済へ転換することが急務となっている。そのためには独創的技術開発力の強化により新産業創出を進め、起業家社会を実現することが重要である。

イノベーションと起業の機会となる独創的技術開発には大学の知的資産の活用が非常に有効となろう。一方先端技術の事業化を目指すハイテクビジネスには、リスクテイクが比較的容易で機動性もあるベンチャー起業による展開が重要な鍵を握るといえる。大学発ベンチャー主導型の起業家社会へ転換するために、一見矛盾するようだが、いま一度「キャッチアップ」する戦略が急務といえるのではないだろうか。

日本でも大学発ベンチャー社数は順調に増加し2003年度末で799社に達した。2004年度末1000社という経済産業省の目標が視界に入ってきた。2002年からは株式公開企業数も増加し2004年5月末現在7社となった。質量ともに大学発ベンチャー群は離陸期を迎えたといえよう。起業家社会への転換を先導するような成功例が輩出されることを期待したい。

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