海外で子供が熱を出して病院に行くとき感じること

2015年6月24日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト 菅野 泰夫

海外で生活する上での不安のひとつとして病院へ行くことが挙げられる。たとえば子供が熱を出して医者に診てもらうとき、説明される医療用語を的確に理解することは、英語に自信がある人でも不安を感じる部分であろう。無論、英国でも日本人医師が常駐する病院もあるが、場所や医師の数も限られるため、現地の病院の仕組みを理解しておくことが賢明といえる。特に夜中に子供が熱を出したときには、緊急外来で現地の病院に駆け込む必要があるため尚更である。

英国にはNHS(National Health Service)という無料医療システムがあり、ほぼ全ての医療サービスを原則無料で受けることができる。ただし、このNHSを利用したことがある日本人であればわかるが、とにかく待ち時間が長い。正確に言えば、自分がどのような病気かを判断されるまで時間が掛かりすぎることである。たとえば日本の病院では熱を出して病院に行き、風邪と診断されて薬をもらうまでは、せいぜい半日程度であろう。英国のNHSでは、まず地域の「家庭医」(General Practitioner、以下GP)の予約を取ることから始まるが、その日のうちに予約が取れる保証はない。また後日診察を受け、風邪と判断されればようやく薬がもらえ、異なる病気の場合であれば次の専門医が紹介されるという流れである(※診察が終わる頃には風邪が治っているのでは?という疑問は脇に置いておくとして)。もし駆け込みでGPに行き、その日のうちに診察してもらいたければ、今にも苦しくて倒れそうに振る舞う“演技力”が必要とのことである(自力で歩いて行けばすぐにばれるとは思うが)。日本のように、直接病院に行って診察をしてもらいたければ、有料のプライベート病院を選択するしかない。ただし、これは風邪を引いて薬をもらうだけでも、日本円でおよそ1万円以上は覚悟しなければならない(日本人医師ではさらに高額となるケースもある)。

5月に行われた英国総選挙では、このNHSの待ち時間の長さを短縮しようとする選挙公約を多くの政党が掲げた。注目すべきは、緊縮財政を進め社会保障費の多くを抑制する方針の与党保守党においても、追加予算が提示されたことである。保守党のNHSに関する方針は、2020年まで毎年予算を増やし(少なくとも80億ポンドを追加)、GPや病院での診察を毎日(週7日)可能とすることや、75歳以上の高齢者には同日診察を保証するなど、積極的に予算を割く方針を掲げている。保守党のキャメロン首相は名門のイートン校、オックスフォード大学出身のエリート家系であるため、庶民の気持ちを理解できないとの批判も多い。その反面、キャメロン首相の待望の第1子は、生まれたときから脳性マヒを患い、入退院を繰り返したのち幼い頃に他界している。その後、3人の子宝に恵まれた今の自分があるのは、無料医療制度があったため(多額の医療費を払わずに済んだ)とNHSの素晴らしさを語っている。

色々と不評な部分も多いNHSではあるが、医療レベルは総じて高い。医療設備の充実度と、迅速かつ的確な判断力を持つレベルの高い医師を見ると、これが無料かといつも驚かされるばかりである。NHSの医師がプライベート病院を兼業で行うことも多く、無料とそうでない医師とにレベルの差がないことにもビックリした(結局同じ医師が出てくることも多い)。英国の医療レベルは間違いなく世界でトップクラスにあり、これを無料で受けられるNHSは、英国の社会保障制度の懐の深さを体感できる場所といえるだろう。

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