暗雲漂う「デフレ脱却」に10年前の既視感

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2024年05月15日

  • 長内 智

ここ最近、政府の目指す「デフレ脱却」に暗雲が漂っている。振り返ってみると、今年の初め頃は、インフレ率が2%を上回る状況が続く下で、日本銀行の金融政策修正や政府の「デフレ脱却宣言」を見込む向きが増えていた。こうした中、日本銀行は、2024年3月の金融政策決定会合において、賃金と物価の好循環が強まり、将来的に「2%のインフレ目標」の実現が見通せると判断し、金融政策の枠組みを見直した。しかし、デフレ脱却に向けた動きは足元で後退しつつある。

その背景の1つとして、実質賃金の低迷が挙げられる。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」(3月速報値)によると、現金給与総額から物価変動の影響を除いた実質賃金の前年比は24ヵ月連続のマイナスとなり、公表値として比較可能な1991年以降で過去最長を更新した。現金給与総額は増加基調にあるものの、その伸びが円安進行や国際商品価格高騰に起因する物価上昇に追いつかない状況が続く。

実際には、政府のデフレ脱却の判断に実質賃金の動向が直接影響を及ぼすことはない。しかし、実質賃金が低迷し、個人消費も弱含む状況が続く中、国内全体の需給バランスを示すGDPギャップの改善が遅れることになれば、デフレ脱却宣言を行うのは困難というのが一般的な見方となる(※1)。

すでに多くの識者によって実質賃金の弱さやデフレ脱却について議論がなされている。こうした中、筆者の経験から個人的に注目しているのは10年前との類似性だ。当時も、デフレ脱却に向けて前向きな動きが見られ始めた後、需要要因以外の外生的な物価上昇により実質賃金が落ち込むなど状況が一変した。

簡単に振り返ると、内閣府は、第2次安倍政権が打ち出した「アベノミクス」や日本銀行の「量的・質的金融緩和」に伴う円安の進行と国内景気の回復を背景に主要な消費者物価指数の前年比が明確なプラス基調となる中、2013年12月の「月例経済報告」においてデフレの記述を削除した。しかし、2014年4月の消費増税に伴う物価上昇の影響などにより実質賃金が低下し、消費増税後の個人消費の低迷も響き、デフレ脱却の機運は消滅した。

ちょうどその頃、筆者は内閣府で物価と消費の担当補佐として経済財政分析に関わっていたこともあり、外生的な物価上昇や実質賃金と個人消費の弱さなど、最近のデフレ脱却を取り巻く環境に既視感(デジャブ)を覚える。もっとも、今回は春闘で歴史的に高い賃上げ率が実現したという追い風が吹いており、デフレ脱却の動きが頓挫するといった懸念は杞憂に終わるかもしれない。いずれにせよ、現時点ではデフレ脱却宣言の難易度は高く、今後の関連指標の改善を見極めていくことが重要と考える。

(※1)長内智(2024a)「いよいよ現実味を帯び始めた政府の『デフレ脱却宣言』~月例経済報告の『デフレ』の記述削除より高難度」、『週刊金融財政事情』(2024年3月5日号)、金融財政事情研究会、pp.30-33。長内智(2024b)「デフレ脱却やインフレ目標とは何か?」、『KINZAI Financial Plan』(2024年3月号)、金融財政事情研究会、pp.44-45。

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