民主主義の魅力の低下?

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2022年11月07日

1989年11月9日のベルリンの壁の崩壊をきっかけに、東欧諸国は続々と共産圏を脱し、民主主義陣営に入ることを選択した。ベルリンの壁の崩壊につながったのは、国民主権、言論の自由、旅行の自由を求める民主化運動が、東ドイツのみならず東欧諸国で大きなうねりとなったことである。民主主義に大きな魅力があった時代ということができるだろう。これらの国々のうち1990年以降に西側の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)に加盟したのは14カ国、西欧の経済同盟であるEU(欧州連合)に加盟したのは11カ国である。

ただし、民主主義の魅力はここ10年で後退していると、スウェーデンの調査機関であるV-Demの”Democracy Report 2022”は指摘している。V-Demは世界各国の民主化度合いを独自に指数化して発表しているが、最新の2021年の世界の民主化度は1989年の水準まで低下し、過去30年余りの民主化の進展が帳消しになったと報告されている。

V-Demによれば、「自由民主主義国」は2012年の42カ国をピークとして減少傾向にあり、2021年は34カ国と1995年以来の少なさとなった。人口では世界のわずか13%を占めるにすぎない。代わって増えているのは「閉鎖的な独裁国」と「選挙制度のある独裁国」で、2021年に前者は30カ国、後者は60カ国となり、合わせると世界人口の70%を占めている。このうち「選挙制度のある独裁国」には東欧のハンガリー、ポーランドも含まれている。

ハンガリーやポーランドでは国民による選挙が実施されているが、その政府が言論の自由に関する規制を強化したり、法の支配を軽視する政策を遂行したりしているとEUから批判を受けている。両国の国民は民主化が後退しているように見えることを気にしていないのだろうか。あるいは、むしろ民主化を選択したことを後悔しているのだろうか。

昔の方がよかったと思っている人は一定数いるだろう。経済構造の激変により失業した人は少なくなかったし、その後も新しい経済体制に適応できた人、できなかった人で所得格差が拡大した。また、最近では急激な物価上昇が貧富の差を拡大させている面もあるだろう。加えて、民主主義に対する幻滅もあるかもしれない。議論に多くの時間が費やされ、いつまでも物事が決まらないことはままあるし、言論の自由という原則のためにフェイクニュースの規制が難しいといった問題もある。

とはいえ、国民主権、言論の自由、旅行の自由が大きく制約されていた旧共産圏時代に戻りたいという意見が国民の多数派であるとは思われない。旧共産圏時代の記憶が薄れる一方、民主主義的な仕組みが構築された中でそれを積極的に守っていく必要があるとの認識が乏しくなっているのが実情ではないかと考えられる。また、国民の間で価値観が多様化し、民主化運動当時のように国民が一つになりにくい状況もあろう。

かつて西ベルリンは、東ドイツの真ん中で周囲をぐるりと壁に囲まれつつ、西側の魅力をアピールする「ショーウィンドウ」の役割を果たしていた。ジーンズ、コーラ、バナナなど東側にとってのあこがれの商品がふんだんに並べられ、きらきらと輝いて見えたはずだが、いざ壁がなくなると、その商品を買うにはお金が必要で、誰もが好きなだけ買えるわけではないことが明らかになった。民主主義の良い面、悪い面の双方を知った上で民主主義の価値観を大事にしていくことが理想だが、1980年代から1990年代に民主化を担った東欧諸国は今後どのような選択をしていくことになるだろうか。

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山崎 加津子
執筆者紹介

金融調査部

金融調査部長 山崎 加津子