米中貿易摩擦、解決を急ぎたいのはどちらの国?
2021年12月06日
2021年11月半ば、米国バイデン大統領の就任後初となる米中首脳会談がオンラインで行われた。ホワイトハウスの報告によれば、人権問題や貿易摩擦、中国のインド洋進出などについて議論されたという。しかし双方とも譲歩の姿勢を見せず、対話の継続で一致するにとどまった。貿易摩擦については、トランプ前政権時代に両国が相互に課した追加関税が維持されている。両国に経済損失をもたらしているとみられる貿易摩擦の解決を急ぎたいと考えているのはどちらの国だろうか。
ここで、国際貿易センターが公表している「マーケットポテンシャル」という指標を見てみよう。マーケットポテンシャルとは5年先までの輸出額の理論値を表し、Decreux and Spies(2016)によって提唱されたものだ(※1)。この理論値と実際の貿易額との差が、向こう5年間の輸出額の伸びしろと解釈できる。
国際貿易センターが試算したマーケットポテンシャルから両国間の輸出状況を見ると、米国の対中輸出額の伸びしろは2020年で1,110億ドルだったのに対し、中国の対米輸出額のそれは2,198億ドルと2倍に上る。名目GDP比で見ると米国では0.5%、中国では1.5%と、その差が一層際立つ。追加関税によって貿易が阻害されている現状が続けば、機会損失がより大きくなるのは中国といえよう。中国ではこのところ電力不足や資源高、新型コロナウイルス感染拡大などを背景に経済活動が停滞しており、内需の減速が著しい。2022年秋の共産党大会を目前にして成長率を高めたい中国政府にとって、輸出増は喫緊の課題であり、上述の1.5%という数字は魅力的に映るだろう。
また筆者が最新のデータを用いて試算したところ、中国の対米輸出のうち特に伸びしろが大きいのが電気機器であった。米国はこの分野における対中依存度が高いが、米中摩擦を背景に自国の生産体制の強化などに着手している。貿易交渉が長引けば、米国は中国からの輸入に頼らない体制を確立し、中国の対米輸出はマーケットポテンシャルよりも小さくなるだろう。他方、米国の対中輸出で伸びしろが大きいのは鉱物性燃料である。このうち液化天然ガス(LNG)は追加関税の対象であったため、米国の対中LNG輸出は2019年に急減した。ところが足元では、電力不足を補いつつクリーンエネルギーの利用を拡大するために中国が米国産LNG輸入を急拡大させている。マーケットポテンシャルの大きさを考慮すると、中国の米国産LNGへの依存度は一段と高まる可能性がある。
以上に鑑みれば、貿易摩擦の解決を急ぐ誘因は中国に対してより強く働くだろう。中国は貿易交渉を前に進めることで対米輸出の増加を図れるうえ、貿易不均衡の緩和を兼ねてLNGの輸入を確約することで、成長率の上昇と電力不足への対応を同時に達成し得るからだ。ただし、中国政府は国内企業に石炭の増産を指示しており、喫緊の課題である電力不足が解消すれば米国に頼る理由は減る。他方、米国が電気機器分野の生産体制を整えれば、米国が貿易交渉の場で譲歩する理由も減るだろう。今後の貿易交渉の行方を大きく左右する要因として、米国の生産体制強化と中国の電力不足解消の進捗に注目したい。
(※1)Decreux, Y. and Spies, J. (2016) “Export Potential Assessments — A methodology to identify export opportunities for developing countries” mimeo, International Trade Centre, Geneva.
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経済調査部
エコノミスト 岸川 和馬