賃金を説明する方程式はあるか?

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2021年09月27日

退職給付債務計算にあたっては通常の場合、昇給指数と呼ばれる、年齢を横軸、賃金・ポイントを縦軸に取った指数を作成している。この昇給指数は、年金数理人(アクチュアリー)の厳正な見極めのもとで、従業員データより作成することが一般的である。弊社では、通常1次式から3次式で近似するが、不連続と判断され、区分補正という方法で組み合わせて作成することもある。

それではそういった専門的な知見無しに、賃金を分析することはできないのだろうか?例えば、賃金を説明する一本の方程式なり関数なりは存在しないのか?実は、マクロの賃金統計ではJ.ミンサーによるいわゆるミンサー型賃金関数の当てはまりがとてもよいことが知られている。基本的なミンサー型賃金関数の式は以下のように定式化されている。

ln(wage)=α+β×教育年数+γ×経験年数+δ×経験年数の2乗+ε・・・・(1)

(注)ln:自然対数、wage:賃金、α:定数項、β:教育年数の影響度、γ:経験年数の影響度、δ:経験年数の2乗の影響度、ε:残差(それ以外の影響要素)

そこで個別企業へのミンサー型賃金関数は一体どれくらい当てはまるのだろうか、に注目した。まず、以下のように(2)式を定式化してみた。教育の効果を年数でなく、大きく高卒・大卒に分けて18歳入社=0、22歳以上入社=1とする(学歴ダミー:τ=0、1)、在籍年数を経験年数とする。定数項と残差とは区別できないため、αにまとめる。

ln(wage)=α+β×τ+γ×(経験年数-経験年数の平均)
+δ×(経験年数-経験年数の平均)の2乗・・・・(2)

(注)経験年数については、構造的多重共線性の影響を弱めるため、中心化処理を行った(平均値をマイナスする)。構造的多重共線性とはここでは、xとxの2乗についての相関のことを指す。

実在の企業で(2)式を回帰してみたところ、当てはまりのよい企業が多く見られた。そこで実企業データを参考に、検定値に大きな影響を与えないよう、架空のモデル企業データを生成して、その係数を比較してみた。
なお、
α:切片は、そもそもの賃金の水準を示す。
β:学歴による賃金水準の差を示す。
γ:経験年数はいわゆる「年功序列」型の賃金の傾きを示す。
δ:経験年数の2乗の係数は、賃金のピークとその後の下落カーブの形状を決定する。

結果は図表1の通り。

図表1 モデル企業のミンサー型賃金関数の回帰分析の結果

図表2 ミンサー型賃金関数モデル比較(大卒の場合)

これをグラフにあらわすと図表2のようになる(大卒の場合)。
モデルA社は、賃金の絶対水準が低く始まるが、経験年数を重ねることでその伸びがかなり大きくなり、35年を超えたあたりで頭打ちになる。なお、グラフにはあらわれていないが、係数を見ると学歴による格差は最も小さい。
モデルB社は、経験年数を重ねるごとに賃金の増加額がアップする。長い在籍が有利な会社と言えるが最終的な水準はモデルA社に届かない。
モデルC社は、比較的フラットな賃金体系を持っている。ほぼ直線であらわされ、頭打ちもしない。変化額も一定である。係数を見ると学歴による格差が最も大きい企業となる。

ただし、このモデル企業群のようにミンサー型賃金関数の当てはまりが良すぎるのは人事政策の上から言うと課題でもある。学歴と経験年数のみで賃金がおおよそ説明できてしまうからである。

したがって人事政策の実務においては、
① 決定係数の大きさを見て学歴と経験年数以外の要素が賃金関数に影響を与えていると言えるか、がまずポイントとなろう。重決定R2が1に近ければ、(経験年数以外の要素を織り込むためには)改善の余地があると言える。
② 次に関数の形状が、離職率の多い世代に著しく不利になっていないかを確認する必要があろう。例えば、モデルB社はモデルC社に比べると、著しく、経験年数の浅い層の賃金が抑えられているとみることもできる。
③ さらに、評価されるべき成果を挙げている従業員、すなわちハイパフォーマーなのにミンサー型賃金関数のラインを下回る賃金しか得ていない場合、リテンションのため昇給・昇級などの対策が必要である、などの結論も導き出せよう。
④ 他にも、業界平均のミンサー型賃金関数を「賃金構造統計基本調査」などから計算することができるので、自社の賃金設計との乖離が大きくないか、などの検証をすることができる。

賃金の分析には他にも色々な切り口があると思われるが、数量的なアプローチはその基礎になるものと考えられる。貴社の賃金関数を再度検証・見直してみてはどうだろうか?

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江藤 俊太郎
執筆者紹介

データアナリティクス部

コンサルタント 江藤 俊太郎