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「時間経済学」のすすめ

2020年12月24日

リサーチ本部 特別研究員 中沢 則夫

個人の経済行動をつぶさに見ると、意外に時間に影響を受ける毎日を送っていることに気づく。最も分かりやすいのは「金で時間を買う。」という行動。歩いて30分の距離をタクシーに乗って5分で着くというのは、例えばタクシー代で25分を買ったということである。企業行動を見てもしばしば似たような現象が起きている。新事業を育てるために社内で企画から製品化まで作り上げる代わりに既に実績を上げている他企業を買収することが少なくない。人材・設備ごと引き受けることで買収資金により数年単位の時間を節約することができる。

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経済学の教科書を見ると、単位時間労働生産性の算出や労働時間選好の議論以外は、ほとんど「時間」概念に言及していない。分析対象としてもっと重視すべきだと私は考える。

着目すべき第1点は、市場の「調整速度」の問題。「変化量」を「時間」で割ると、「速度」が計算できる。金融市場、労働市場、製品開発の速度、生産設備の改廃の速度、消費財の価格調整、これらのスピードはそれぞれ全く違う。金融市場の動きが最も速く、最も調整に時間がかかるのがおそらく労働市場である。初歩の経済学ではこれらがあたかも一瞬のうちに調整が完了するかのように説明されていて、姿は美しいが現実感のない絵空事を語っている。調整の時間差に焦点を当てた分析・研究がもっと行われてもよいと思う。

第2に、時間の経済価値(換算価値)そのものである。子供の頃は毎日があっという間に過ぎ、一日は短いが一年は長く感じたのに、中年になってからは真逆になった。ミヒャエル・エンデの「モモ」に出てくる時間貯蓄銀行の寓話を思い出す。30分を1000円に換算する人もいれば、2時間が500円という人もいるだろうし、換算対象の得意不得意によっても変わってくるだろう。時間の経済価値そのものを分析することは、壮大で重要な研究対象であると確信する。換言すれば、効用関数の変数として時間を組み込む研究である。さらに、財と時間の関係より、サービスと時間のトレードオフ関係の方がより重要と考えられ、サービス化が一層進展してくる中、時間の換算価値の研究も重要性を増すのではないだろうか。

第3に考えるべきことは、時間を貨幣換算して捉えることを超えて、時間こそが「経済価値の本質」たりうる可能性である。個人に残された最後の尊厳領域であり、しかもすべての人に等しく一日に24時間が与えられている。個人の持つこの「時間」には二つの側面がある。一つは自分の時間を消費して効用を得ることである(消費的側面)。GAFAMと総称されるプラットフォーマーたちの祖業は様々だが、ポータルサイトを設定し、そこにサービスを搭載してコミッションを得ている。一旦、ポータルを得ると、ユーザー個人の「時間」をほぼ独占でき、そこから広大なマーケットが広がる。個人の時間をどれだけ囲い込むか、言い換えれば「時間」の陣取り合戦こそがこのビジネスの本質である。

もう一つは、自分の時間を削って労働サービスを提供することである(生産的側面)。シリコンバレーを擁する米国西海岸では、興味深いことに音声による会話は極めて限定されていて、ほとんどがチャットやメールで機械を介して用事を済ませる。相手方の時間を取ることに対する大変な遠慮があり、また電話に時間を取られることに対する嫌悪があるからである。一度にいくつもの用務を処理している時、また集中して物を考えたり作業をしたりしている時、突然の電話通信は迷惑以外の何物でもない。電話で5分間通話するために、まずはチャットなどで何度かやり取りして時間を確保してから話すというのがお互い忙しい人間のマナーである。

これに対して、日本における電話通信の多さは異様である。銀行、保険会社、不動産業者、通信会社に至るまで、やたらオペレータとの会話が多い。オペレータたちも実際に会話ができるまで、どれだけ空振りをしていることか。面談や音声による電話に頼るコミュニケーションが大きな無駄を生んでおり、低い労働生産性に貢献しているかが窺い知れる。

時間価値の生産的側面、消費的側面双方にわたり、以上のような感覚を持っていないと、「ディジタル化」など耳障りのいい題目を唱えても無意味である。細切れのすきま時間にどのような価値を見出すか、個人の時間選好の実態をきめ細かく研究する余地は大きいと考える。

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「散々な年だった2020年」は間もなく終わる。三密回避のためやむなく導入したリモートワークは、多くの時間を生み出したことだろう。ワークライフバランスの本当の意味に気づかれた方も少なくない。24時間の使い方に変化が生じたのである。通勤時間を通勤距離に転換して、ワーケーションなるトレンドも出てきた。意識と着眼点の持ち方次第でチャンスも巡るわけで「転機の2020年」でもあった。さらに、「飛躍の2021年」でありますよう。

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中沢 則夫

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リサーチ本部
特別研究員 中沢 則夫