所変われば ~ミャンマーと日本~

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2020年11月19日

  • 佐藤 清一郎

同じ時代を生きていながら、経済の発展段階や人口構成の違いにより、人々の関心や悩みはかなり異なる。ミャンマーの仕事に携わっていると、そんなことを思う。

ミャンマーは、現在、経済発展の初期段階であり、かつ人口構成は、中央値が29歳(2020年の国連推計値)とかなり若く、今後も人口は増加が予想されている。そのため、これからの人生を考えて、貧困から抜け出したい、お金を貯めたい、豊かになりたいなどの思いが強く、経済成長や雇用に目が向いている。平均寿命がそれほど長くない(世銀データ:2018年男女計66.8歳)ため、老後への不安や年金・医療など社会保障への関心は薄いようである。一方で日本は、欧米に追い付け追い越せを掛け声に、高度成長期を経験し、その後、バブル経済とその崩壊、金融危機というように紆余曲折はあったが、一応、経済は、かなり成熟段階となり、かつ、総人口に占める65歳以上人口割合が28.7%(2020年総務省データ)と超超高齢社会、そして、人口は減少方向である。年々、労働市場から退出して年金生活へと移っていく人も多くなり、労働や経済成長への思いは現在のミャンマー人とはだいぶ違う印象を受ける。平均寿命が伸びた(世銀データ:2018年男女計84.2歳)ことで、健康や老後への不安を抱える人も多く、また、相続、親の介護、空き家問題、過疎による限界集落、高齢化・少子化・人口減少に伴う社会保障システム維持への懸念等、おそらく今のミャンマーの人々は、ほとんど想像できないような問題も多く存在する。

現在の日本の姿は、戦後の成長戦略の帰結である。特に、(1)成長に向けた重点産業を特定して、ファイナンスのサポート体制を整えながら、労働、資本などを集中投入したこと、(2)公共投資などの形で地方に再分配し全国的な成長バランスを保とうとしたこと、その後(3)財政の制約や公共投資の乗数効果への疑問などから公共投資が削減されていったことなどが主な特徴である。都市部で稼ぎ、その果実を公共投資などの形で地方に還元する所得再分配のやり方は途中までは上手く機能し、一億総中流社会とまで言われた時代もあったが、バブル崩壊で経済低迷の期間が長期化し、税収減、財政赤字拡大に苦しむ状況となり、地方への再分配が難しくなった。結果、成長戦略によりもたらされた人口動態の影響から、地方の過疎化やコミュニティの崩壊、限界集落出現などの問題に直面することとなった。格差是正に向け地方創生努力が続けられているが、まだ、持続的成長への道筋は見えてこない。

このように、成長のやり方は、数十年後の社会の在り方を左右する。これから成長を遂げようとするミャンマーの未来は、どうなるのか。これを考えるにあたって、考慮すべきいくつかのポイントがある。第一は、北部国境周辺に居住する少数民族やラカイン州でのロヒンギャなどの民族問題である。長年にわたり、少数民族とミャンマー国軍との紛争が絶えず、経済成長の阻害要因となっている。第二は、餓死することが少ない国だということである。餓死者が少ないのは、ミャンマーは、肥沃な土地や温暖な気候に恵まれ米や野菜の生産が盛んなことや沢山のフルーツが収穫できること、食料を含めた相互扶助や寄付の文化が根付いているからである。食料危機の可能性が低いことは社会的安定にプラス材料である。第三は、仏教に基づいた信仰心の強い国であるということである。現世で修行して徳を積まなければ、来世では救われないとの強い思いの下、各地区にあるパゴダで、人々は、日常的に祈りを捧げ、また、寄付を推奨する時期には、積極的に寄付を行っている。そして、時間がある時には、瞑想センターや寺院にて瞑想をして心の安定を得ている。

こうしたミャンマーの特徴は、成長戦略策定にも影響している。予算編成では、軍事費が最優先され、経済政策関係費は後回しになる傾向にある。背景には、(1)中国、タイ、ラオスなどと陸地で国境を接し、かつ、民族問題を抱えていること、(2)食料危機の少なさや仏教の信仰心に根差した忍耐強さが経済悪化による社会的混乱リスクを軽減しているとの判断などがあるものと思われる。軍事費優先ということで、ミャンマーの場合、必ずしも経済発展に集中できる環境にあるとは言えず、短期間に高成長を望める状況にはない。現在、最大商業都市ヤンゴンや第二の商業都市マンダレーでの再開発が進められているが、地方との格差拡大は、少数民族の反発を招く恐れから、このまま、都市集中型の成長戦略を維持できるかは不確実であり、このことも、成長抑制要因である。

2020年11月8日に実施された総選挙は、アウン・サン・スー・チー氏率いる現与党の国民民主連盟(NLD)の圧勝に終わった。2016年の政権交代以降、経済政策面で目立った成果を残せなかったことへの不満が懸念されたが、国民は、NLDを選択した。2015年の総選挙でもそうであったが、ミャンマーの場合、有権者の視点は、過去の軍事政権への嫌悪により民主主義確立に置かれており、経済的側面はそれほど重要視されていない印象である。こうした事情も含め、今後、ミャンマー流の成長戦略が、どのように進められ、それが民族の在り方や地方コミュニティにどのような影響を与え、どのような国家となっていくのか、そして、将来的に、現在の日本が抱えるような問題に直面することになるのかなど注目すべきことは多い。

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