2020年10月12日
新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、感染の封じ込めや死亡率の抑制に成功した女性首脳の活躍を取り上げる報道が国内外で見られた。彼女らの活躍に性別を持ち出すことは差別や偏見を助長しかねない。その一方、「女性の政治リーダーが輩出した国」の新型コロナウイルス対応が評価されていることを偶然と言い切ることもできないだろう。
政治学の分野では、女性の政治進出と政府や公的機関の腐敗度(※1)に関する実証研究が数多くなされている。例えば、Sung (2003)は、女性の政治進出が進んでいる国は、もともとリベラル・デモクラシー(法の支配、表現の自由、民主的な選挙制度)が確立しており、政府や公的機関のガバナンスが機能しているため、腐敗度が低下すると指摘している。これに対し、Jha,Sarangi (2018)は、リベラル・デモクラシーなど様々な変数をコントロールした上で、議会における女性比率と腐敗度には負の因果関係があることを明らかにしている。理由として、新たに政治に参画する女性政治家は不正の機会をもたらす既存ネットワークとのつながりが薄いことや、女性という新規参入者の意見が反映されることにより、影響力の大きい一部の人の利益よりも全体の利益に資する意思決定が行われるようになるということが考えられる。つまり「全体の利益に資する意思決定」が行われやすい国であることが、「女性の政治リーダーが輩出」すると同時に、新型コロナウイルス対応への高い評価につながっている可能性があるのではないか。
世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数」によれば、日本は153カ国中121位であった(※2)。これは深刻な問題として受け止めるべきだ。日本の国会における女性議員比率は世界でも最低水準にあることは以前からの指摘の通りである。それでは他国が如何にしてこれを引き上げたのかというと、図表の通り、女性議席比率が30%未満の層では、エストニア・米国・チェコを除き日本以外のOECD諸国はジェンダーによる「クオータ制(特定の属性を持つ者に役職やポストを一定数割り当てる仕組み)」を導入している。日本では、「性別ではなく実力で選ぶべき」として同制度に対する反発が根強い。しかしながら、選挙は現職の政治家に有利であり、政治家同士の強固なネットワークが大きく影響する点を踏まえると、新規参入者が「実力」で勝てる世界ではない。クオータ制の導入により、女性議員比率を引き上げることで、ジェンダーの公平性の実現のみならず、Jha,Sarangi (2018)の分析結果が示唆する政治の透明性や政府への信頼度の向上という正の外部性が期待できる。
海外に比べ、日本は企業の女性役員比率も低い。企業にまでクオータ制を採用している国は限られるが、資産運用の世界では大手機関投資家や議決権行使助言会社が女性役員が1人もいない日本の上場企業の取締役選任議案に反対するという方針を公表している。企業の長期的な価値創造のためにはステークホルダー主義が重要であると認識されるようになった昨今、投資家は経済的合理性の観点から役員のジェンダーの多様性を重視している。これまでこの問題に対し何も行動していなかった企業は、役員や管理職に登用する女性社員(母集団)が育っていないという問題に直面しているだろう。とはいえ、職員の能力を評価する物差しにバイアスがないか再考する、採用時に応募者の母数を広げるため、まだ専門領域が確定していない高校生の段階から女性向けのインターンシップを開催する等、やれることは多々あるのではないか。企業には「自分事」としてジェンダー多様性に取り組み、ガバナンスの向上やステークホルダーからの信頼獲得、ひいては企業価値向上を実現することが求められている。
(※1)Sung (2003)、Jha,Sarangi (2018)ともに、腐敗度の変数として、実際の汚職件数ではなく、各国の国民や現地で事業を行う企業を対象とし、当該国の政府や公的機関がどれほど腐敗していると考えているのかを問う、公的国際機関や国際NGOが実施する認識度調査を活用している。
(※2)WORLD ECONOMIC FORUM (2020) “Global Gender Gap Report 2020”
参考文献
Sung, Hung-En (2003) “Fairer Sex or Fairer System? Gender and Corruption Revisited”, Social Forces vol.82, no.2, pp.703-723
Jha, Chandan Kumar and Sarangi, Sudipta (2018)“Women and corruption: What positions must they hold to make a difference?”, Journal of Economic Behavior and Organization, Vol. 151, July 2018, pp.219-233
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