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気候変動への取り組みが「善」であれば、化石燃料を消費するF1は「悪」か

2020年09月14日

金融調査部 研究員 田中 大介

最近、「気候正義(Climate Justice)」なる言葉を目にする機会が増えた。環境活動家として知られるグレタ・トゥーンベリ氏が国連気候変動サミットで行ったスピーチの中でも使われた言葉である。この意味を調べると、地球温暖化は人為的要因によるものであり、これが国・地域間の不公平を生み出しているため、CO2などの排出を削減しつつ、不公平を正して温暖化を止めなければならないという認識を指すようだ(※1)。文字通り、気候変動への取り組みが正義(善)というわけである。

気候変動への取り組み(特に気候変動緩和)を考えるうえで、専ら衆目を集めるのはCO2排出量である。昨今の石炭火力発電への逆風や電気自動車に対する追い風も、主張の根拠をたどればCO2の排出に行き着く。例えば、世界最高峰の自動車レースのフォーミュラ・ワン世界選手権(F1)は、2030年までにレース中のCO2排出量をネットゼロにするとしている(※2)。ただ、2014年からF1の電気自動車版ともされるフォーミュラEが開催されており、気候正義と照らし合わせると、あえて2030年までCO2排出を許容するF1は「悪」に映るかもしれない。では、社会全体にとってF1は「悪」と言い切れるだろうか。

実は、F1はモータースポーツであると同時に技術開発の場となっている。現在マシンの動力であるパワーユニットは純粋なエンジンではなく、電力を活用するハイブリッド機能も有している。2030年のネットゼロ目標を踏まえて、今後は燃料におけるバイオエタノールの比率を上げる予定である。現在多くの自動車が燃料を消費する内燃機関を搭載していることから、ハイブリッド車でありつつ走行時のCO2排出量を実質ゼロにする仕組みを構築する意義は大きい。

また、どのF1参加チームもマシンをいかに速く走らせるかを追求し、最先端技術を用いた設計・開発を行っている。燃料に関する制限もあり、マシンに搭載されるパワーユニットは馬力のみならず、エネルギー効率にも優れた一面を持つ。パワーユニットに用いられる運動エネルギー回生システム(※3)は、ブレーキ時に蓄積されるエネルギーを活用するものであり、現在この技術は一般の市販車にも広く普及している。マシンの形状は空力を利用するような設計がなされており、これもまた市販車へ援用され、燃費の向上に一役買っている。つまり、知ってか知らずか、すでに我々はF1で培われた技術の恩恵を受けているのである。

話を気候変動に戻そう。気候変動問題の解決が望ましいという認識は世界共通だろうが、解決すべき社会問題はSDGs(持続可能な開発目標)の各目標・ターゲットからして多岐にわたり、取り組む国や企業によって優先順位はそれぞれ異なる。気候変動への取り組みを正義と称し、各主体による取り組みの優先順位やプロセスの多様性を狭めてしまうことは、社会全体の便益を損なうことになりかねない。本来持ち得た社会の多様性、それにより生み出される新たな技術、その技術による社会課題の解決といった多くの可能性を捨て置き、将来世代がこれらの可能性によって得られるはずであった便益を得られないことは極力避けるべきだろう。すなわち、気候変動への取り組みに必要なのは、一義的な基準による判断ではなく、将来世代等が気候変動問題によって被る損失の抑制、取りこぼされる便益の最小化といった、多方面からみた正負のバランスの考慮ではないだろうか。

正義という言葉は、「善」と「悪」の区別を誘発するがゆえに、筆者はこの言葉を使うには慎重であるべきと考える。気候変動という問題が周知されることは歓迎されることだが、気候変動に正義を持ち出すことが適当か、今一度考えてもよいのではないだろうか。

(※2)F1は、2030年までに持続可能な燃料と電力を活用するハイブリッドシステムを構築し、ライフサイクル視点でみた、マシンの走行時のCO2排出量をネットゼロとすることを目標としている。
(※3)現在、F1マシンにて導入されているのはERS(Energy Recovery System)と称されるエネルギー回生装置であり、排気ガスからの熱エネルギーも活用する仕組みとなっている。

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田中 大介

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