アセアンの人は何処の国へ働きに行くのか

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2020年08月27日

  • 佐藤 清一郎

1980年代、90年代と比較すれば、アセアンは、日本にとって、かなり身近な存在となってきた。日本政府の労働者受け入れ施策などもあり、インドネシア、ベトナム、フィリピン、ミャンマー等から、多くの人が日本に働きにきており、飲食業、介護業界、建設現場などで見かけることも珍しくない。しかし、アセアン側からすると、一番ポピュラーな働き先は日本ではなく、米国、タイ、サウジアラビア等である。
この辺の事情は、移民労働者のデータから探ることができる。国連の移民労働者のデータ(2017年)によれば、アセアンの移民労働者は、以下のように、(1)アセアン域内に向かう国、(2)アセアン域外へ向かう国、(3)アセアン域内と域外の両方に向かう国の、大きく3つのパターンに分類される。働く場所の選定にあたっては、立地、宗教、政治的配慮等が関係しているようである。

1)アセアン域内に向かう国:カンボジア、ラオス、ミャンマー、マレーシアである。
カンボジア、ラオス、ミャンマー人の一番多い行き先はタイである。国連の移民労働者データ(2017年)によれば、タイで働く移民労働者は、カンボジアから約75万人、ラオスから約92万人、ミャンマーから約183万人となっており、いずれの国でもタイで働く割合は移民労働者全体の6割を超えている。この状況をタイ側から見ると、タイで働く移民労働者は約443万人いるが、そのうち、ミャンマー、ラオス、カンボジアからの移民労働者が、1位から3位を占めることとなっている。この3ヶ国で、タイの移民労働者の約8割を占めており、タイ経済は、これらの国々の移民労働者で支えられているといっても過言ではない。これらの国からタイへの移民労働者が多い背景には、タイが隣国であり経済発展している最も身近な国であることの他に、タイ側の外国人労働者受け入れに関する基本方針も影響している。すなわち、タイでは、外国人労働者受け入れにあたって、(a)国内の安全を損ねない、(b)タイの労働者の雇用機会を奪わない、(c)より安価な労働者を雇用することによる競争力強化の観点を重視しており、これら3ヶ国の労働者は、この方針に合致しているということである。マレーシアの働き先は、圧倒的にシンガポールが多く、移民労働者が約115万人と全体の約6割を占めている。これはマレーシアの地理的立地と大いに関係している。シンガポールは隣国であり、かつ、橋を渡れば容易に移動できる状況にあるのである。
2)アセアン域外へ向かう国:フィリピン、ベトナム、タイ、シンガポール、ブルネイである。
フィリピン、ベトナム、タイ人の一番多い行き先は米国である。国連の移民労働者データ(2017年)によれば、米国での移民労働者数は、フィリピンから約194万人、ベトナムから約135万人、タイから約25万人で、各国の移民労働者数のうち米国で働く割合は、それぞれ、32%、50%、25%となっている。ベトナムが高いのは、ベトナム戦争を経験した後の米国側の政治的配慮が働いていると思われる。フィリピンについては、米国の植民地下にあったことや米国の移民法改正等が影響していると考えられる。これら3ヶ国とは異なる動きをしているのは、シンガポールとブルネイで、同データによれば、シンガポールの移民先で一番多いのはオーストラリアで約7.2万人、全移民労働者に占める割合は約21%となっている。ブルネイについては一番多い移民先はインドで約2.5万人、全体移民労働者に占める割合は50%超とかなり高い。ブルネイは、以前、イギリス領であったことから、東インド会社関係のビジネスも多く、そうしたことが影響していると思われる。
3)アセアン域内と域外の両方に向かう国:インドネシアである。
国連の移民労働者データ(2017年)によれば、インドネシア人移民労働者の行き先で一番多いのはサウジアラビアで約154万人、その次に多いのがマレーシアで約109万人となっている。こうした一方で、シンガポールは隣国でありながら、インドネシアからの移民労働者は約16万人、また、米国へは約10万人とかなり少ない。こうしたことから、インドネシア人が移民先を選択する際に、宗教が大きく影響していることがわかる。インドネシアは、世界最大のイスラム人口を抱えるイスラム教国、サウジアラビアは厳格なイスラム教国、マレーシアはイスラム教徒が多い国なのである。イスラム教の人々は、宗教上のつながりが極めて強く、独特の文化を持っているため、イスラム圏の国は、インドネシア人にとって暮らしやすい環境が整っているということなのだろう。

このように、移民労働者のデータから国毎の事情というのがわかるため、国と国との経済取引や資金の移動等を調べる際には、有益である。今回の新型コロナウイルスの件で、労働者の移動には、少し抑制がかかる可能性はあるが、大まかな傾向は変わらないだろう。アセアン加盟国の移民労働者情報は覚えておきたいところである。

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