アベノマスクに見るコロナ対策の混乱

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2020年07月22日

  • 道盛 大志郎

何のことかと訝しがられるかもしれないが、政府の各省庁が作成した予算の説明書を御紹介したい。一人10万円の特別定額給付金やアベノマスクの予算計上で有名になった、4月の第1次補正予算に関するものだ。題材は、アベノマスクである。

アベノマスクの担当省庁は、医薬品・衛生用品を所管する医政局が属する厚生労働省だ。そこで、同省の予算概要説明書を見てみる。9ページにわたる書類には、36の予算項目が並べられているが、「マスク、消毒用エタノール等の物資の確保」が登場するのは、ようやくその10番目である。しかも、当該項目の中では、いの一番に「医療機関への配布」が記載されており、それに「高齢者福祉施設等への配布」、「妊婦への配布」が続き、「全世帯を対象とする2枚ずつの配布」が登場するのはしんがりだ。

もちろん、重要度の高い政策は数多い。しかし、アベノマスクは、総理肝いりの看板政策だったはずで、政府の文書で優先的に位置づけられるのが通例だ。それなのに、10番目の項目の、しかもしんがりを務めるとは、いったいどういうことなのか?私には、一部マスコミで報道された、政策決定の裏話が思い起こされてしまう。

わが国の行政組織は、基本的には縦割りで組織されている。ある課題は、いずれかの局・課の担当に必ず落ちる。そうすることによって、責任者をはっきりさせることができ、そこを中心に課題を深く考え、関係する他の省庁と協議し、必要な政策が適正に講じられるよう、まとめていく。決まった後も、そこが的確な実施に努め、政策効果の実現に責任を持つ。もちろん、それだけですべてを賄うことはできないし、縦割り行政では欠点もたくさん出てくるから、最近は、内閣官房など、司令塔や総合調整の役割を担う組織も重用されている。しかし、あくまで専門家でも責任者でもないから、縦割りの責任省庁と密接に連携しなければ、良い政策は生まれない。

「裏話」によれば、アベノマスクはある特定の個人の発想から生まれ、このようなプロセスをまったく経ないまま、総理の看板政策になった、という。しかも、同様の「裏話」が語られる政策は、他にも少なからず存在する。

確かに感染症への対応は時間との勝負であり、迅速に決定・実施していく必要がある。しかし、プロセス抜きの個人技のままでは、それにまつわる多様な論点も、実施していく上での実務上の問題も、置き去りになってしまう。急ぐなら、タイムリミットを冷徹に設定すれば良いだけだ。責任省庁が取り残された政策には、必然的に欠陥や見落としが出る。コロナ対策は、ただでさえ初めての体験で、突っ込みどころ満載となること必然なのに、である。

コロナとの闘いはまだ道半ばにも至っていないだろうに、使われた政府予算は膨大だ。4,5月の2カ月で策定された二つの補正予算を併せると、既に総額57.6兆円に達している。財源は全額借金だ。これは、昨年度1年間の税収総額58.4兆円にも匹敵する規模であり、昨年10月の消費税引き上げで換算すると、その12回分でも足りない巨額である。

コロナ対策には、有効な感染防止、打撃を受けた人々や産業界への対応、経済と感染防止とのバランス、プライバシーとの兼ね合いなど、数多くの課題が存在する。それらに実質的な議論を尽くしながら、しかも、迅速に、無駄なく対策を講じることが肝心だ。政策プロセスの問題などで余計な混乱を招いている場合ではない。

まだまだ続く長い闘い、これからの政府が賢明に解決策を見出していくことを期待したい。

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