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もうひとつの「新たな現実」

2020年07月15日

経営コンサルティング部 主任コンサルタント 神谷 孝

「ショウチュモッテケー・・・」と球磨のニワトリは鳴くらしい。
急峻な山地に囲まれた山間の盆地ながら、平地は米どころとして発達した人吉球磨には、米焼酎の酒蔵が集まる。熊本県南部を流れる球磨川の上中流域に位置する。
源頼朝からこの地を譲り受けた相良氏は、明治維新に至るまで700年もの間、この盆地を治めてきた。これほど長く家系を保った大名は全国でもめずらしい。これは、領主がこの地に元来根付いていた文化を尊重し、民衆と一体となった町づくりを進めたためと言われている。冒頭の気前のいいニワトリが差し出す球磨焼酎も、相良の殿様によって醸造が認められたものだ。こうして豊かな文化は育まれ、司馬遼太郎は、この地を日本で最も豊かな隠れ里と称した。

険しい山々で外敵の侵入から守られてきた人吉球磨にも、自然の猛威は容赦なく襲ってきた。電柱に刻まれた55年前の2.1mの「洪水痕跡」はやすやすと破られ、4.3mにも達したと報告されている。7月9日現在、今回の豪雨で犠牲となった死者は65名、うち、人吉球磨地域は37名に上り、行方不明、安否不明の方もまだ多く残されている。

気象庁によると、全国の日降水量400mm以上の日数(10年平均)は、1985年から2019年にかけて2.7倍に増加した(※1)。同じく土砂災害は、10年間で1.5倍となり、風水害の犠牲者は1.6倍に増加している(※2)。政府は、2015年9月の関東・東北豪雨(鬼怒川決壊)を機に「施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するもの」へと意識を変革し、社会全体で洪水氾濫に備えるための「水防災意識社会 再構築ビジョン」を策定した。それに基づき、ハード・ソフト両面での様々な取り組みから数々の成果も報告されている。一方、人々の意識はどれほど変わったのか。
2018年の西日本豪雨の際に、避難するべき状況だったにも関わらず、実際に避難したのは16%にとどまっている(※3)。非難しなかった理由では、「自分の周囲は大丈夫だと思った」が4割を占めているという。

単純な比較が適切かどうかはともかく、4月以降、日本では新型コロナウイルスに対応した緊急事態宣言による大幅な行動制限とその後の「新しい生活様式」に、多くの人が戸惑いつつも受け入れている。新宿駅の人の流れは、5月上旬には通常から76%の減少となった(※4)。
21世紀末には、短時間強雨の発生が2倍以上となり、また、猛烈な台風の出現頻度が高まるとも予測されている(※5)。すなわち、「今年は多いね」ではなく、水災害はこれからもますます増えていく。過去の基準で設置された防災施設が役に立たない可能性も高まる。10年前とは異なるもうひとつの「新たな現実」に、社会の意識がもっと向けられてもいい。新型コロナウイルスと同様に、水災害も「自分の周囲は大丈夫だと思った」ではいけない。

(※2)令和2年版防災白書

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神谷 孝

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