コロナ・ショックが強めた中国の焦燥

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2020年07月09日

  • 児玉 卓

一体、中国は何がやりたいのだろうか。国家安全法を成立させて香港における一国二制度を骨抜きにし、インドとはかねての係争地を巡って対立を激化させている。さらに新型コロナウイルス発生源を巡るオーストラリアの独自調査の提案に逆ギレするなど、まるで全方位喧嘩腰外交とでもいうべき華々しさである。

内には非民主、外には非協調で特徴づけられる習近平政権に対しては、欧米諸国からしばしば批判、というよりは失望の声が寄せられてきた。世界経済の枠組みに参入することで中国は高度成長を遂げ、国民の多くは豊かになった。それは人々の関心を政治的な自由や権利、法の支配などに向けさせる契機となり、中国を民主化に向かわせるエンジンを始動させるはずではなかったか、という期待が霧散したことへの失望である。

確かに台湾や韓国が経験したような、経済成長と中間層の勃興が民主化を促すという図式は、中国には当てはまらない。ただ、それはあくまで、「これまでのところそうした動きは顕在化していない」ということであって、この図式が中国にあっては無効であることが証明されているわけでは全くない。むしろ習近平政権下で起こっているのは、この図式を機能させないための政治の不寛容、強権化であるとも考えられよう。

と考えてくれば、冒頭述べた非協調、非民主のエスカレーションの意味がおぼろげながらも見えてくる。おそらくこういうことではないか。

基本的に中国においても所得水準の上昇が人々の関心を政治的自由等に向けさせるという関係は、少なくとも潜在的には存在している。しかし、所得水準の上昇が続く中では、そのこと自体が一定の満足を人々に与え、関心のシフトは大々的には起こらない。一方、習近平政権としては、民主化要求は共産党一党独裁の否定に直結する問題であるため、徹底的に抑えなくてはならない。抑えるための有効な方策が経済成長の維持であり、雇用の確保である。ただし、ここには深刻なジレンマが存在する。それは民主化を抑止するはずの経済成長が人々の所得水準を引き上げ、より多くの中間層を生むことで、潜在的な民主化圧力が一層高じてしまうことである。その結果、民主化要求を抑え込むための強権姿勢は、時とともにより強化、大規模化せざるを得ないことになる。

しかし当然ながら、このようなサイクルはどこかで破綻する。所得水準上昇の帰結として、結局のところ民主化容認に舵を切らざるを得なくなるか、あるいはありそうもないことではあるが、厳格な鎖国政策のようなものを採用して半ば意図的に所得水準を大幅に引き下げ、自由な経済活動もろとも人々の政治的自由への希求を圧殺する。いずれにせよ、どこかの臨界点で、大きな変化を中国は経験せざるを得ないのだ。

もしかすると中国政府はコロナ・ショックに、そうした臨界点の気配を読み取ったのではないか。他の多くの新興国に比べれば、コロナ・ショックに起因する中国経済への直接的ダメージは軽微とも考えられようが、中国には成長の途絶が政権の正統性の喪失に直結しかねないという弱みがある。そして悲しいかな、中国政府は(公共工事を除けば)非寛容以外の危機への対処法を持ち合わせていない。

個人的にとても残念に思うのは、現在の香港が不可逆的な非民主の波に飲み込まれつつあるとみざるを得ないことである。香港の失敗は、これまでの一連の民主化運動を通じて、中国本土の人々の共感を得ることができなかったことである。香港の人々と本土の人々がほぼ完全に「分断」されているからこそ、中国政府は徹底的に、無遠慮に香港を押さえつけることができる。そして、民主化要求の本土への伝播という事態を回避しつつある今、内包する矛盾を膨らませながらも、臨界点の先送りにひとまず中国は成功することになるのだろう。もちろん、それは世界にとって良いニュースとはとても言えない。

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