フィデューシャリー・デューティーとESG

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2020年02月13日

  • 吉井 一洋

昨年(2019)年9月に欧州で非財務情報開示の現地調査を実施した。英国のFRC(財務報告評議会)などの公的機関の他に、発行会社8社、機関投資家(元も含む)4名を取材した。関心の中心は、非財務情報開示の拡充のトレンドをどのように感じているか、株主と株主以外のステークホルダーのいずれを重視しているかの2点であった。FRC(の担当者)のコメントからは、人的資本に関する開示に力を入れていることや最重要なステークホルダーは株主としつつ、それ以外のステークホルダーの重要性を高めている旨の言及があったことが印象に残った。

取材した発行会社や機関投資家は、ほぼ、非財務情報開示拡充に肯定的であったが、意味のない情報の羅列になっているのではという懸念、企業の存在意義に沿った開示になっていない、投資家がESGについて理解をしておらず有益な対話にならないとの指摘なども一部あった。他方、ESGを企業の業績への影響だけでなく、それ自体の重要性から重視するという発行企業(金融機関)や、ESGを考慮することはフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の一環と回答する機関投資家もいた。この機関投資家はPRI(責任投資原則)に署名している。

PRIでは、署名する運用会社等に、投資分析と意思決定過程にESGの課題を組み込むよう求めている。しかし、かつてはESGに配慮することは、リターンの機会を逃すおそれもあり、機関投資家の受託者責任に反するとの懸念が指摘されていた。この点について、米国では2015年にERISA法の解釈指針が改められ、受託者責任には必ずしも反しないとの解釈が示された。

EUにおいては、職域企業年金基金指令で、企業年金基金等が「プルーデント・パーソン・ルール(慎重な(または思慮深い)受託者の原則)」の範囲内で、ESGに関する投資決定への潜在的な長期的影響を考慮することを認めるよう、加盟国に対し求めている。その他、ガバナンス体制やリスク管理態勢におけるESGへの考慮も求めている。EUはサステナブル・ファイナンス促進のアクション・プランの一環として、当該指令の強化を検討した。プルーデント・パーソン・ルールでのESGリスクの考慮、内部の投資決定やリスク管理プロセスへのESG要因の組み込みを確保するための手段を採用する権限を欧州委員会に与える規定を、当該指令に盛り込むことを検討した。しかし、審議の過程で当該規定は削除された。代わりに金融サービス業のサステナビリティ関連の開示規則の前文で、EIOPA(欧州保険・企業年金監督局)が投資決定やリスク評価においてESG要素をどのように考慮すべきかガイドラインを策定すべきとしており、拘束力のある指令や規則ではなく、自主ルールに一部委ねている。

英国では、企業年金基金等に対し、関連規則等で、投資過程で財務的に重要と考えられるESG要素を考慮するよう求めており、財務的に重要でない場合でも、加入者が同意する場合はESG要素の考慮を認めている。さらに、英国の新しいスチュワードシップ・コードでは、機関の目的と投資哲学等にもESG要素の考慮を求めているが、それは、受益者に(長期的)価値を生むためでありその意向を超えてのものではない。この点はEUも同じであると思われる。

もっとも、EU(や英国?)の現況は、受益者自体が、ESGの優先度を高めつつあるようにみえる。その結果、フィデューシャリー・デューティーとESGの関係が見えにくくなっている。今一度その関係を、資本市場関係者側から洗い直す時期が来ているように思われる。

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